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Until the day when I get married.-Light of a new request-
第128話
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私はメルを支えて、なんとか歩ききった。
「ジュース飲む?」
「ありがとう」
私はそれを飲んでみた。
...やはり味わったことのないものだった。
「美味しい」
「それはよかった」
一呼吸おいたあと、カムイがこう切り出してきた。
「アイリス、一つ聞いてもいい?」
ー**ー
アイリスは少し考えている様子を見せたあと、小さく頷いた。
「ありがとう。もし話したくなかったら話さなくていいから」
アイリスはまた小さく頷く。
「アイリスのお母さんのこと、教えてほしいんだ。アイリスが話したいことだけでいい。ダメかな?」
「母は、私にいつものように待っているように言って、帰ってこなかった」
辛そうな表情でそれだけ言ったあと、アイリスは黙ってしまった。
(これ以上は言いたくなさそうだな)
「分かった。今はそれだけでいい。ありがとう」
俺はメルの方に目を向ける。
先程より、顔色はよくなったようだ。
「メルは、」
「?」
「メルは、人が苦手なの?」
「メルにも色々あったんだよ。だから、今も人が多い所は苦手なんだ」
「...そう」
会話が続かず、なんとなく気まずい。
そのとき、メルが近くにいた俺の手を握って離さなくなってしまった。
微動だにしない。
「アイリス、申し訳ないんだけど...そこのブランケットをとってもらえないかな?」
「...」
無言だったが、すっと差し出してくれた。
「ありがとう」
「当たり前のことをしただけだから」
アイリスは照れているのか、そっぽをむいてしまった。
(見た目は普通の女の子なのに...)
俺の仮説が間違いであってほしいと思っているが、それを完全に拭うことができない。
どうすればもっと話してくれるだろうか。
「んん...」
「メル、起きた?」
ー*ー
重い瞼をあげると、そこにはカムイの整った顔があった。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、謝らなくていいんだよ」
「アイリスさんも、ありがとうございます」
「...別に」
私はたしか、二人に運んでもらったはずだ。
だが、その記憶も定かではない。
(お二人にご迷惑をおかけしてしまいました...)
私がソファーに突っ伏していると、カムイが私の顔をあげさせた。
「カムイ...?」
「そんなに落ちこまなくても、大丈夫だよ。今回は倒れちゃったけど、もしかしたら次は上手くいくかもしれない。そんなの、やってみないと分からないでしょ?」
「ありがとうございます」
その様子を黙って見ていたであろうアイリスさんが、遠慮がちに質問してきた。
「あなたはどうして人ごみが苦手なの?」
ー**ー
「ごめん、アイリスに話したんだ。メルが人が多い所は苦手なこと」
「...そうですか」
メルはしばらく沈黙していたが、ソファーから起きあがった。
どうやら話そうと思ったようだ。
「私は...私も、普通の生活をしていなかったからです」
「普通?」
アイリスはきょとんとしている。
「私はおばあさまが死んでからカムイに教えてもらうまで、『普通』とはかけ離れた生活をしていました。私にとっての『普通』はそれだったので、疑問をいだくこともありませんでした」
でも、とメルは続ける。
「カムイが幸せを教えてくれたんです。楽しいことも、嬉しいこともあるんだって、ちゃんと分かることができました」
「メル...」
この子はどうしてそんな恥ずかしいことをすらすらと言えてしまうのだろう。
にこにこしながら俺の方を見ている。
思わずにやけてしまいそうだ。
「...普通、私にも知ることはできるかな?」
ー*ー
アイリスさんが不安げな表情で私の方を見つめていた。
「絶対できますよ。私にもできましたから」
「きみの側には、俺より『普通』のエリックがついてる。だからきっと、あっという間に当たり前じゃなかったことが『普通』になるよ」
私にとってはカムイが『普通』だが、やっぱり裏のお仕事をしているという所を見ると、それが『普通』ではないのだろう。
「誰が『普通』だと?」
「エリックさん!」
「エリック、早かったね」
扉の方を見ると、呆れた顔をしたエリックさんが立っていた。
「ドアはちゃんと閉めろ」
「ごめん」
「アイリス、遅くなったな」
「...別に」
アイリスさんがさっきから拗ねているように見える。
(...もしかして)
「エリックさんが迎えにこないから、さっきから拗ねていたんですか?」
「...すぐくるって、言ってたのに」
やっぱりそうだったらしい。
「エリック、約束は守らなくちゃね」
「すまなかったな」
「別に、いい。...約束を破られるのはなれてるから。それに、置いていかれるのも...」
「本当に悪かった」
アイリスさんは不機嫌なだけではなさそうだ。
『約束を破られるのはなれてる』、その言葉に重みを感じた。
「アイリスさん、また会いましょうね」
「...分かった」
「エリックもおやすみ」
「...ああ」
二人の背中を見送りながら、ふと思った。
『置いていかれるのも...』
過去に何かあったのだろうか。
もしも心に傷があるのなら、私ができるなら癒したい。
何があったのか聞くのは、まだ先なのかもしれないと思いつつ、私はいつもどおり紅茶を淹れることにした。
「ジュース飲む?」
「ありがとう」
私はそれを飲んでみた。
...やはり味わったことのないものだった。
「美味しい」
「それはよかった」
一呼吸おいたあと、カムイがこう切り出してきた。
「アイリス、一つ聞いてもいい?」
ー**ー
アイリスは少し考えている様子を見せたあと、小さく頷いた。
「ありがとう。もし話したくなかったら話さなくていいから」
アイリスはまた小さく頷く。
「アイリスのお母さんのこと、教えてほしいんだ。アイリスが話したいことだけでいい。ダメかな?」
「母は、私にいつものように待っているように言って、帰ってこなかった」
辛そうな表情でそれだけ言ったあと、アイリスは黙ってしまった。
(これ以上は言いたくなさそうだな)
「分かった。今はそれだけでいい。ありがとう」
俺はメルの方に目を向ける。
先程より、顔色はよくなったようだ。
「メルは、」
「?」
「メルは、人が苦手なの?」
「メルにも色々あったんだよ。だから、今も人が多い所は苦手なんだ」
「...そう」
会話が続かず、なんとなく気まずい。
そのとき、メルが近くにいた俺の手を握って離さなくなってしまった。
微動だにしない。
「アイリス、申し訳ないんだけど...そこのブランケットをとってもらえないかな?」
「...」
無言だったが、すっと差し出してくれた。
「ありがとう」
「当たり前のことをしただけだから」
アイリスは照れているのか、そっぽをむいてしまった。
(見た目は普通の女の子なのに...)
俺の仮説が間違いであってほしいと思っているが、それを完全に拭うことができない。
どうすればもっと話してくれるだろうか。
「んん...」
「メル、起きた?」
ー*ー
重い瞼をあげると、そこにはカムイの整った顔があった。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、謝らなくていいんだよ」
「アイリスさんも、ありがとうございます」
「...別に」
私はたしか、二人に運んでもらったはずだ。
だが、その記憶も定かではない。
(お二人にご迷惑をおかけしてしまいました...)
私がソファーに突っ伏していると、カムイが私の顔をあげさせた。
「カムイ...?」
「そんなに落ちこまなくても、大丈夫だよ。今回は倒れちゃったけど、もしかしたら次は上手くいくかもしれない。そんなの、やってみないと分からないでしょ?」
「ありがとうございます」
その様子を黙って見ていたであろうアイリスさんが、遠慮がちに質問してきた。
「あなたはどうして人ごみが苦手なの?」
ー**ー
「ごめん、アイリスに話したんだ。メルが人が多い所は苦手なこと」
「...そうですか」
メルはしばらく沈黙していたが、ソファーから起きあがった。
どうやら話そうと思ったようだ。
「私は...私も、普通の生活をしていなかったからです」
「普通?」
アイリスはきょとんとしている。
「私はおばあさまが死んでからカムイに教えてもらうまで、『普通』とはかけ離れた生活をしていました。私にとっての『普通』はそれだったので、疑問をいだくこともありませんでした」
でも、とメルは続ける。
「カムイが幸せを教えてくれたんです。楽しいことも、嬉しいこともあるんだって、ちゃんと分かることができました」
「メル...」
この子はどうしてそんな恥ずかしいことをすらすらと言えてしまうのだろう。
にこにこしながら俺の方を見ている。
思わずにやけてしまいそうだ。
「...普通、私にも知ることはできるかな?」
ー*ー
アイリスさんが不安げな表情で私の方を見つめていた。
「絶対できますよ。私にもできましたから」
「きみの側には、俺より『普通』のエリックがついてる。だからきっと、あっという間に当たり前じゃなかったことが『普通』になるよ」
私にとってはカムイが『普通』だが、やっぱり裏のお仕事をしているという所を見ると、それが『普通』ではないのだろう。
「誰が『普通』だと?」
「エリックさん!」
「エリック、早かったね」
扉の方を見ると、呆れた顔をしたエリックさんが立っていた。
「ドアはちゃんと閉めろ」
「ごめん」
「アイリス、遅くなったな」
「...別に」
アイリスさんがさっきから拗ねているように見える。
(...もしかして)
「エリックさんが迎えにこないから、さっきから拗ねていたんですか?」
「...すぐくるって、言ってたのに」
やっぱりそうだったらしい。
「エリック、約束は守らなくちゃね」
「すまなかったな」
「別に、いい。...約束を破られるのはなれてるから。それに、置いていかれるのも...」
「本当に悪かった」
アイリスさんは不機嫌なだけではなさそうだ。
『約束を破られるのはなれてる』、その言葉に重みを感じた。
「アイリスさん、また会いましょうね」
「...分かった」
「エリックもおやすみ」
「...ああ」
二人の背中を見送りながら、ふと思った。
『置いていかれるのも...』
過去に何かあったのだろうか。
もしも心に傷があるのなら、私ができるなら癒したい。
何があったのか聞くのは、まだ先なのかもしれないと思いつつ、私はいつもどおり紅茶を淹れることにした。
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