路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get engaged. -In linear light-

番外編『Busy Valentine, the assistant police inspector...』

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「警部補、お疲れ様です!」
「...ああ」
正直言って、この日は嫌いだ。
この世からなくなっても困らないのに、そう思ってしまう。
ーーこれは、そんな女嫌いな警部補の忙しい一日の物語。
《エリック目線》
(まったく...)
俺はデスクの上に積み上げられている大量のチョコレートを見て、大きくため息をついた。
「警部補、お客様です!」
いきなり部下に呼ばれ、俺は書類を急いで片づけた。
「こんな時間に客って...なんだおまえらか」
そこには、親友と親友の恋人がいた。
「メル」
カムイがメルの背中を少し押す。
「あの、エリックさん!これ、」
宝石のように輝くトリュフが入っていた。
「俺にか⁉あ、ありがたくいただいておこう」
俺は何故か、彼女のことを嫌いになれない。
「それと...」
カムイがいきなりズボンの裾を捲りあげてくる。
「やめろ、変態!」
「変態は酷いなあ...」
「カムイ」
「何?」
「変態って、なんですか?」
...カムイの目が笑っていない。
(しまった、メルは純真無垢な子だったな...)
「手当てするからそこらへんに座って」
カムイの口調が少し怖い。
嫌がらせのように薬を塗られた。
「ガーゼは毎日ちゃんと換えないと」
カムイは俺の部下に念押ししたあと、メルと共にどこかへ行ってしまった。
「すいません、警部補。俺のせいで...」
「気にしなくていい。誰にだってあることだ」
数日前、俺は撃たれた。
部下を庇って...乾いた音がしたときには、既に足が血まみれだった。
その時にいた宿直の医師の手当てが雑で、俺の傷は更に悪化したらしい。
少し熱もあったが、今はこのとおり元気だ。
(午後からも気合いをいれなくては)
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「警部補さん!」
「今日も素敵だわ!」
...チョコレートの山が、どんどん大きくなっていく。
「相変わらず警部補は人気ですね」
「...嬉しくない」
俺はチョコレートが嫌いなわけじゃない。
だが、こういうよこしまな気持ちで渡すものではないと思っている。
俺がこの日が嫌いなのは、チョコレートが『警部補』に対して送られてくるからだ。
俺は、それが嫌で仕方ない。
「ニック、おまえの家は兄弟が多いだろう。持って帰っていい」
「あ、ありがとうございます!」
「アダムは奥さんと一緒に食べろ」
「イブはチョコが好きなので喜びます!ありがとうございます!」
俺は取り敢えずチョコレートについていた手紙だけを読み、返事を書いた。
メルのチョコレートだけは食べることにした。
(...っ)
足の痛みを堪え、なんとか部下たちを送り出す。
「...仕方ない」
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夜なので、できるだけ行きたくなかった。
だが、この痛みは尋常じゃない。
そんなわけで、俺はカムイの元を訪ねた。
「夜中にくるなんて...」
「すまない。明日にしようと思ったのだが、」
「そうじゃなくて、どうしてもっと早くこなかったの?」
「それは...」
俺はカムイにお説教されてしまった。
「おまえだって同じだろ、無茶ばかりして...」
「俺は自分で怪我の具合くらい、診られるから」
「...そうか。そういえばメルはどうしてる?」
「寝てるよ。こんな時間だし...」
「それもそうか。邪魔したな」
俺が帰ろうとすると、カムイが引き留めてきた。
「俺に、」
「...?」
「俺に、あの子を守れるかな...?」
親友は震えながら聞いてくる。
これだけ怯えているのはとても珍しい。
この男でも不安なことがあるのかと、少し驚いた。
「おまえはどうしたい?」
「俺はメルの笑顔を守りたい。でも、いつ暴走するか...」
「『守りたい』という思いがあるなら、それでいいんじゃないか?」
「...そういうもの?」
「ああ、そういうものだ」
カムイは変なところで子どもらしい。
従順というか、なんというか...。
「ありがとう、エリック」
メルがきてからというもの、こいつは本当に嬉しそうに笑うようになった。
仮面の笑顔ではなく、ちゃんと心から笑えているようだ。
「何かあったらすぐに言え。一人で全てを背負うのは、何よりも辛いことだからな」
「うん。あ、そうだ。これ、昔から好きだったでしょ?」
カムイが差し出したのは、中にアーモンドがたっぷりつまったチョコレートだった。
「毎年、ありがとう」
「最近物騒だから気をつけてね」
「俺は警官だぞ」
「あ、そうだったね」
「じゃあな」
俺はきた道を戻る。
その途中でメルのトリュフとカムイのアーモンドのチョコレートを少しずつ食べた。
(...甘い)
『お礼』や『友情』、そういった思いがこもったチョコレートなら素直に嬉しい。
こんな贈り物がもらえるなら、こういうイベントも悪くないと思えた。
俺は一人、夜道を歩いていく。
ちらつく雪がいつもより綺麗に見えた。
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