路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get engaged.-The light which comes over darkness-

番外編『The decision which doesn't sway and earnest wish...』

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え?私の話?
本当にそんなのでいいのかねえ...。
私が知っているあの子は、とても小さいのだよ。
今のあの子とは大違いさ。
...これは、そんな孫を見守ってきた老婆の物語。
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「おばーちゃ!」
あの子が二歳の時、あの子の母親はオークスの陰謀によって殺された。
しかも、あの子は周りのものからすれば異形だった。
「おばーちゃ!お花!」
「私にくれるのかい?ありがとうねえ」
「おばーちゃ!文字、ちょぴりかーた!」
「...物覚えが早いねえ」
私が頭を撫でてやると、あの子はとても嬉しそうに笑っていた。
...でも、違うのさ。
あの子の能力のせいだろう。
右目は漆黒だったが、左眼は...美しいアイスブルーの瞳だった。
恐らく、左眼の力だ。
でも、あの子には普通に生きてほしいと願った。
私は、あの子を守ろうと思った。
なのに、それはある日突然崩れ去ったのさ。
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あの子が五歳の頃。
私は病に倒れた。
そしてあの子にも、変化が現れた。
「おばあさま」
「どうしたんだい?」
「特に何もありません」
痣だらけの身体、突然使いはじめた敬語...そしてなにより、堅くなった笑顔。
「私が検査を受けている間に、何かあったのかい?」
「何も、ありませんでした」
嘘だ。身体が震えてるじゃないか。
「...ゲホゲホっ!」
「おばあさま!」
「料理を教えてあげようね...」
「お料理、ですか?」
「ああ、そうさ。いつかお嫁さんになったとき、作れないと困るだろう?」
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それから私は、買い物にも連れていったりした。
あの子がねだるのはいつも林檎だった。
「本当に好きだねえ」
「はい!」
そのときだけは、心からの笑顔だった。
しかし家にたどり着くと、その笑顔は消え去ってしまう。
...ぐうたらな父親のせいだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「あんた、私がいない間にあの子に何をしたんだい?」
「なーんもしてねえよ!」
私はその時、殴られた衝撃でテーブルの角に頭をぶつけてしまった。
「うっ...!」
血は出ていないから平気だろう。
私はそう思っていたのさ。
...その時、ちゃんと病院に行っていればこんなことにはならなかったのに。
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その日は大晦日。
「おばあさま...?」
「今日は山に行こうか」
「はい!」
なんだかその時は、とても気分がよかった。
いつもより身体が軽くて...不思議なくらい、力が出た。
「わあ...!」
流れ星を見たあの子は、目を輝かせていた。
料理も教えた。
買い物で計算を教えた。
最低限の文字も教えた。
私には、それだけしかできなかった。
「うっ...!」
「おばあさま⁉」
私の身体は限界にきていた。
「頼みがある。私を、ここに埋めてくれ。私はもうここで死んでしまうから...」
「どうして、いや、そんな...!」
ごめんね。私がもっとしっかりしていれば...。
「今もちゃんとやっているとは思うけれど...人を妬んではいけないよ。努力しなさい。いいね、メル」
「...っ、はい!」
メルは泣きそうな顔をしている。
本当は、その涙をぬぐってやりたかった。
だがもう...私は、ここまでのようだ。
「メル...」
「おばあさまっ」
私は最後に今この世で一番愛しい名前を呼んで、それから私の目の前は真っ暗になった。
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メルは今日もきたのか。
そんなことを考えながら、私の頼みを聞いてくれた孫に感謝する。
「今日は、マッチが売れなかったんです。でも、可愛いお花を見つけましたよ」
表情がなかった。
ああ、どうかこの子が幸せになれますように...。
私には、そう願うことしかできない。
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しばらくこなくなってからある日のことだ。
「メルのおばあさん、はじめまして。俺はカムイといいます。メルの恋人です」
「か、カムイ...」
すっかり昔の笑顔に戻ったメルが、恋人を連れてきていた。
私の声は届かない。
でも、あの子が笑顔で過ごせてよかった...。
「...またきます」
その少年、カムイは何かを抱えているようだった。
だが、あんなに幸せそうな孫を見せられたらねえ...。
『...また二人でおいで』
今の私にできるのは、こうして風をふかせることくらいなのさ。
私の願いは孫の幸せ。
結婚式まで見たかった。
できればメルの花嫁姿を見たかった。
それと...もし叶うなら、この思いを二人に伝えたい。
私には無理なのだろうけれど...ひとつ頼まれてくれないかい?
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