路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get engaged. -Of light, ahead of it...-

第73話

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ー**ー
俺の腕の中で、メルがそっと目を閉じるのを感じる。
死んでもこの子を守ろう...俺はそういう気持ちで線を切った。
...辺りはしん、と静まりかえっている。
「...止まった?」
「止まりました!」
「よかった...」
俺はメルを抱きしめる。
「カムイ?」
「...無事でよかった」
「はい、誰も死ななくてよかったです!」
この子はなんて天然なのだろうか。
...いや、何故こんなときまで人の心配ばかりなのだろうか。
そんなことを考えるうち、言葉に出てしまっていた。
「そうじゃなくて、メルが無事でよかったなって...」
「?私ですか?」
「だって...もしも止められなかったら、メルまで死んじゃってたんだよ?でもメルは、こんなときも人のことばかりで...」
「それはカムイも同じじゃないですか」
...俺?
「私を爆弾から遠ざけようとしたのも、エリックさんを上へと行かせたのも、万が一爆発してしまったときに全てを一人で背負うつもりだったんですよね?」
「...」
「そんなのダメです!もうカムイは充分一人で苦しんだじゃないですか...。一緒に背負わせてほしいって、お願いしたじゃないですか...」
メルは今にも泣き出しそうな顔で言う。
どうしてメルの前では、何も繕えなくなるのだろうか。
「ごめん。ごめんね...」
「だから...っ、もう離れちゃ、イヤです。突き放そうと、しないでください」
「ごめん、メル。...どんなに困難な運命にだって打ち勝ってみせるから。だから、そばにいて?」
「...はい!」
メルはにこにことしている。
(あー...ダメだ、このまま離したくなくなった)
「...⁉」
俺はメルに、キスをした。
唇が離れたとき、音が鳴ってしまう。
「今日はナタリーたちの結婚式なのに、俺たちはここでこんなことしてる。...悪い子になった気分だよ」
「だ、大丈夫です!ここは懺悔室ですし...」
「ははっ、それもそうか。...まあ、俺は神様にだって見せつけてやるけどね」
「...っ」
もう一度口づけをして抱きしめていると、背後から声が聞こえた。
「...仲がいいのは結構だが、時と場合を考えろ」
ー*ー
「エエエエエリックさん⁉」
そこには、頬を赤く染めたエリックさんが立っていた。
「カムイ、おまえな...せめて、通信機を消音にするとか俺のことも考えてくれないか?」
「え?通信機は切って...!」
今度はカムイが真っ赤になる。
「どうかしたんですか?」
「ごめん、メル。...通信機の音量が、最大になってたみたい」
「えっと...」
「つまり、エリックにさっきここでしてた会話が大きな声で聞こえてしまっていたってことだよ」
エリックさんに、全て聞かれていた...?
想像しただけで、私は恥ずかしくなってしまう。
「それより、今のうちに席に戻るぞ。ちょうどお色直しだからな」
「は、はい!」
お色直しということは、式の半分は終わってしまったのだろうか。
ナタリーさんに申し訳ないと思いつつ、私の心はカムイの方を向いてしまっていた...。
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「メル!どこにいたの?」
「え、えっと...」
眼帯をつけ直して席へいくと、お色直し?というものが終わったらしいナタリーさんに聞かれて、困ってしまった。
(爆弾のことは言えませんし、こういうときは...)
「た、体調を崩して、途中からお手洗いに行ってました」
「え?大丈夫なの?」
「今はもう、全然平気です」
「さあ、次はブーケトスです!」
「カムイ、ブーケトスってなんですか?」
「ああ、花嫁さんがブーケを投げて、それを他の女性の参加者たちがとるやつだよ。ブーケをとれたら、結婚できるという言い伝えがあるんだ」
「...知りませんでした」
「参加するなら、あっちだよ!それじゃあね!」
ナタリーさんは行ってしまった。
「メル、俺はいいから行っておいで?」
そう言われて、私は...
ー**ー
「どうしてブーケトスに行かなかったの?」
「外を見たくて...」
「やっぱり、人ごみは苦手?」
「...ごめんなさい」
やっぱりそうかと思いつつ、俺も散歩したかったので丁度よかったのかもしれない。
「それに、」
「ん?」
「それに、私はカムイのお嫁さんになりたいので!そのっ、ブーケはいらないです」
顔を林檎のように染めたメルは可愛らしくて。
俺は自分の顔も同じような色になっているのだろうと思いつつ、照れ隠しのつもりでメルを抱きしめた。
「カムイっ...」
「ありがとう、メル」
この日はこうして二人で過ごしたのだった...。
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そんな二人を見つめる、怪しい影があった。
「...要らないもののお片づけ、失敗か。まあいい。今日はいいものが見られたし、これで退散っと!...それにしても、いいものが見られたね。あの子は誰だろう?...彼が幸せなら、それでいいんだけど、やっぱり僕の箱がちゃんと動かなかったのは腹立つな。...ちっ」
その影は誰の目にも止まらず、風のごとく去っていった。
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