路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get engaged. -In linear light-

第43話

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それからしばらくは特に何もおこらずに、無事に暮らすことができた。
カムイは当たり前の日常だと言っていたけれど、やっぱり私には新しい発見ばかりで...分からないことも沢山あった。
これが幸せなのだと、私は実感した。
ー*ー
それから数日後...事件は起こった。
「おはようございます」
「おはよう...」
少し寝ぼけるカムイを起こし、朝御飯の支度をする。
「手紙、きてないか見てきますね」
「うん、お願いするよ」
ドアを開けると、泣きじゃくるナタリーさんがいた。
「ナタリーさん、どうしたんですか...?」
「...取り敢えず中に入って」
いつの間にきていたのか、私の後ろに立っているカムイが声をかけた。
「それで?ベンと喧嘩したの?」
ナタリーさんは頷くばかりで元気がない。
「ナタリーさん、紅茶を飲んで落ち着いてくだ...」
「要らない!」
ガチャン、と音をたててカップが落ちる。
「...っ」
私の右手と洋服にかかってしまった。
「メル!大丈夫?包帯を替えようか?」
カムイが何か言ったような気がするが、頭に入ってこなかった。
(私は、余計なことをしてしまったのでしょうか?)
「ごめんなさい、ナタリーさん」
私は頭を下げて、ベッドルームに行った。
何もできないのが悔しくて、涙が止まらなかった。
ー**ー
「ナタリー」
俺は少しだけナタリーに腹が立った。
「あたし、何をやってるのかしら...」
彼女も自分が悪かったことは分かっているようだ。
「まずは、何があったのか聞かせて」
ナタリーの話によると、どうやら女性客とベンが抱きあっていたらしい。
ナタリーはその時見ていないふりをして、あとで聞いてみたそうだ。
ベンは何もないの一点張りで、話が平行線を辿っているらしい。
「それは...困ったね。でも、帰らないとベンが心配するよ?」
「手紙を置いてきたから大丈夫でしょ。たしかにあたしは男みたいで、ちっとも女の子らしい所がなくて...釣り合わないのは分かってる。でも、ちゃんと話してほしかった」
「ちょっと待ってて。先に俺のお姫様の様子を見てくるよ。閉じ籠ってるみたいだし...」
俺はどうしようかと考えながら、寝室のドアを開ける。
「メル、入るよ」
ー*ー
私はずっと泣いていたようだ。
時間感覚がなくなるほど、泣きっぱなしだったらしい。
「私は...」
すっかり紅茶のシミがついてしまった包帯と洋服を交互に見る。
その直後、身体がふわりと抱きしめられる。
「カムイ、私、汚いですから」
「汚くなんかないよ。先に包帯を替えようか」
カムイは私をベッドに座らせ、丁寧に包帯とガーゼを替えてくれる。
...最近の朝の日課だ。
「私、ナタリーさんを傷つけてしまいました...」
「それは違うんだよ、メル」
カムイは私の頭をそっと撫でる。
「ナタリーは色々あって元気がなかったけど、だからといって、人の行為を無にするようなことをしてはいけないと俺は思う。メルはナタリーのためにやったわけだから...メルは間違ったことをした訳じゃない」
「カムイ...」
「ほら、泣かないで。着替えたら出ておいで」
私はこくりと頷いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リビングに入った途端、ナタリーさんに頭を下げられた。
「メル、ごめんね!イライラしていたからって、メルは関係ないのにやつあたっちゃって...」
「いえ、私もタイミングがよくなかったですから...」
そこでナタリーさんの事情を聞いた。
「そうだったんですか...」
「どうしたらいいのかな?」
私は色々考えてみる。
浮かんでは消え、浮かんでは消え...そうしてようやくたどりついた答えは、
「ナタリーさんは、ベンさんが好きな食べ物って分かりますか?」
「ベンは...マロングラッセかな」
「マロングラッセ...?」
「チョコレートを使ったスイーツだよ」
「あの...それを作って仲直りをするというのはどうでしょうか?」
「...いいアイデアだとは思うけどね」
「え?」
カムイが苦笑している。
「あたし...料理がダメなの!」
ー**ー
...そう、ナタリーの料理は『ポイズン・ミール』の異名をもつほどの、恐ろしい料理なのだ。
無理をして食べて倒れたベンを何度も治療しているので、その恐ろしさはよく分かっている。
「練習しましょう!私も一緒に作るので...」
「バレンタインまであと三日だよ?あたし、ちゃんと作れるのかな?」
「大丈夫です!レシピさえ分かれば、私も作れますし...」
メルはそう言って微笑んでいた。
「俺も手伝うよ。ベンには連絡しておくから、今日はここに泊まっていけばいい。勿論、チョコレートのことは黙っているから。」
「いいの?」
「部屋なら余ってるしね」
「ありがとう!」
ナタリーはようやく笑った。
メルは安堵している。
...バレンタインに作るものといえば、俺の場合はなんだっただろうか?
母と一緒に作った気がするが...。
(そうか、トリュフだ)
俺は昔のことを思い出す...。
《お父さん、トリュフが好きみたいなのよ。私が作ったのを、大事に食べてくれるの》
《俺もいつか、誰かに作ってあげる!お母さんにも作ってあげるね》
《楽しみにしてるわ》
結局、母に渡す日はこなかった。
...メルに渡せば喜んでくれるだろうか。


この日から、ナタリーの料理特訓がはじまった。
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