路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get engaged.-The light which comes over darkness-

第25話

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ー**ー
朝早くに目が覚めてしまった俺は、隣で寝ているメルを起こさないように、そっとベッドを抜ける。
(ここにあるはずだが...)
俺は念のために作っていた、メルのカルテのコピーのうちの一つを取り出す。
残りはまだ出さないでおくべきだろう。
(何度見ても酷いものだ)
小さい頃から、ましてや自分の娘なのにも関わらず暴力をふるったあの男を許すことはできない。
夜、彼女を一人で家におくのは危険だ。
「早朝調査、か」
ふと俺は背後から人の気配を感じる。
俺はメスを素早くとり、後ろを向く。
「カムイ...?」
ー*ー
カムイの姿がなかったので、不安になり医務室まで行くと、カムイの姿があった。
「早朝調査、か」
私はカムイに声をかけようとしたところ、メスを素早く向けられてしまった。
(すごい殺気です)
「カムイ...?」
「メル!」
カムイはすぐにメスをおろしてくれた。
「ごめん、つい仕事のクセで...」
殺気もなくなっていた。
「いえ、私も驚かせてしまってごめんなさい」
(具合が悪いとかではなくて、本当によかったです)
「メルは、俺が怖くないの?俺が殺気を出していても、きみはいつも俺のそばにきてくれるでしょ?」
「優しい殺気だからです」
私は迷わずそう答えた。
「優しい、殺気?」
「はい!何かを守ろうとか、誰かを傷つけるための殺気ではないことが分かるからです」
私を傷つけようとする人たちのことを見てきた分、殺気というものはよく分かる。
まるで生き物のように、殺気にも色々あると私は思っている。
「ありがとう、メル」
「私は何もしてないですよ?」
「ありがとう...」
カムイは私を抱きしめる。
「メル、ご飯にしようか」
「はい!」
耳許でそう言われて、何も作っていないことを思い出す。
(どうしましょう)
ー**ー
俺はメルの手をひき、キッチンへと急ぐ。
「メル、『おばあさんの味』、作ろうか」
「ハニートーストですか?」
「うん。実を言うと...この家にはその材料が揃っているんだ」
「わあ...」
メルのにこにこと笑顔になっている姿を見て、俺は心底よかったと思った。
「メル、こうで合ってる?」
「そこはもう少しこんな感じで...」
メルに習いながら、ギリギリ形になる。
メルはやはり手慣れていて、俺のよりも数段うまくできている。
「できました!」
(これがメルの、『おばあさんの味』...)
リンゴをスライスしたものをパンにのせ、砂糖と蜂蜜がたっぷりと使われている。
「美味しい!リンゴがパンに合うとは思わなかった」
「やっぱり美味しいです。あの、カムイ」
メルが遠慮がちに何かを言おうとしている。
「どうしたの?」
「早朝調査って、何をするんですか?」
(しまった、聞かれていたのか)
本来ならば、心配をかけないようになんでもないと隠すべきなのだろう。
それでもやはり俺は、メルに嘘をつきたくなかった。
「その...張り込み?」
「私のためですか?」
...本当にメルは鋭い。
「悪い人を捕まえなきゃいけないからね。それが俺の仕事だし」
「あの、私も一緒に張り込み?をしてもいいでしょうか?」
「え?」
意外な申し出に、俺は迷ってしまう。
「朝早く起きます。カムイの迷惑になることはしません。だって...私の事なのに、私だけ何もしないなんて嫌ですから」
俺はこの一言に負けてしまった。
「うん、分かった。でも張り込みはまだしないから...万が一、するとなったときにはお願いするよ」
「はい!」
メルの表情がぱあっと明るくなる。
「俺から離れないでね?」
「はい」
「今日は近くの公園にでも行ってみようか」
「あの、お医者さんのお仕事は...」
「今日はおやすみにする。というより、患者さんがきたときだけやってる感じだし、気にしなくていいよ」
「楽しみです!」
俺はそんなメルの手を繋いで外に出る。
外に出た瞬間、俺は後悔した。
...出なければよかったのかもしれない。
「メル、俺の後ろに隠れて。声を出しちゃダメだよ」
ー*ー
私はカムイの言葉に小さく頷き、黙って話を聞いていた。
「お久しぶりね、ミスター」
赤ん坊を連れたその女性には、見覚えがあった。
「マリー・オークスお嬢様、何故ここがお分かりになったのですか?」
「私の情報網ならなんでも分かりますわよ。例の件のこと...忘れてくださいません?お金ならいくらでも」
例の件とは恐らく、あの人の暴力の...。
「お断りします。非人道的なことはできませんし、そんなの道徳に反しますから」
「あらあらそれは残念ですわ。でしたら...この家を潰しますわ」
「やりたいようにどうぞ。では、ゴキゲンヨウ」
最後だけ、最後のごきげんようの言い方だけは殺気がこもっていたように感じた。
ー**ー
豪華な馬車が過ぎ去ったあと、俺はメルにそっと告げた。
「しばらく隠れ家に行く。これから出るから準備してくれる?」
「隠れ家、ですか?」
メルは不安そうにしている。
当然だ、突然あんな輩が家に押し掛けてきたら誰だってそうなるだろう。
「エリックの家の近所に、隠れ家があるんだ。ここよりは狭いかもしれないけど...」
「私はカムイと一緒なら、どこでもいいですよ?」
メルはそう言いながらもやはり不安そうだ。
俺はメルの頭を撫で、抱きしめる。
「ごめんね、俺のミスだ」
「違います、私のせいです。ごめんなさい、ごめんなさい...」
俺はメルの両頬を挟み、そっとキスをした。
どしゃぶりの雨が、メルの...いや、俺たちの悲しみを表しているようだった。
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