路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get engaged.-The light which comes over darkness-

第24話

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ー**ー
俺はある仮説をたてた。
「エリック、あの男と一緒にいたのは...『オークス家』のご令嬢なんじゃないか?」
「...」
エリックのこの沈黙は、肯定なのだろう。
『オークス家』は生粋の貴族であり、由緒正しき家だ。
「彼女は確か、『オークスの汚れ』とか言われている、遊び人だよな?」
「そうだ」
「あの、『オークス』って、大きなお屋敷ですか?」
メルが知っていたことには驚いた。
『オークスの汚れ』、マリー・オークス。
俺は仕事で一度だけ彼女の護衛を請け負ったことがあるから知っているだけだ。
(メルはどこで知ったんだ?)
「メル、きみはあの屋敷に行ったことがあるのかい?」
「はい、門の前にだけですが...。おばあさまが言っていたんです。私の母は、この家に殺されたのだと」
「メルのお母さんが?」
「はい...」
何故メルの母親が死んだことと関係があるのだろうか。
それも気になるが、それよりも今は...
「エリック、カルテはどうなった?」
「燃やされてしまったようだ。上層部がいくら金をつまれたのか知らないが、俺にこの件について早く忘れるようにと言ってきている」
俺は怒りでどうにかなりそうだった。
メルが...こんなにも可愛らしい女の子が、全身ボロボロになるまで暴力を受け、心が折れそうになるまで罵声を浴びせられたというのに、無罪放免?
「だから俺は表の警察にはならなかったんだ」
「カムイ...?」
先程より少し震えがおさまっているメルを抱きしめながら無意識に呟いていた。
この街は、この手のことが数えきれないほどある。
だからこそ、俺のような職業が存在するのだ。
「エリック、内部の連中が買収された証拠を探して。俺は...どれだけの人間が隠蔽に関わっているのか調べる」
ー*ー
私には、二人が何を言っているのか分からない。
「了解だ。何か動きがあればすぐにここに持ってくる」
「休憩に紅茶でも飲みにこいよ。おまえには苦労させてばかりだからな」
「...持つべきものは友だな」
エリックさんは爽やかな笑みを浮かべて帰っていった。
「カムイ、私...意味がよく分からなくて」
「ごめんね、ちゃんと説明する」
カムイは全てを説明してくれた。
私とカムイを殴ったあの人が、牢屋から出たこと。
それには、お金持ちのオークス家が関係していること。
オークス家が警察の偉い人たちにお金を渡して、あの人を出させたこと...。
「まったく、落ちぶれた貴族がやってくれるよ」
「落ちぶれた?」
(どういう意味でしょう?)
「あの家は、破産寸前なんだ。あ、破産っていうのは...借金ばかりして、それを返せなくなって、家も持ち物も全てを手放さないといけないくらいお金がないことをいうんだ。普通の貴族なら、そんなことにはならない」
「でも、あのお屋敷は...」
私が見たお屋敷はとても立派なもので、どの家よりも目立っていて...まるでお城のような家だったことを覚えている。
「見栄をはってるんだよ。本当はあの屋敷も売って、お金を返さないといけないんだ」
「そうなんですか⁉」
「うん、とっくに爵位も剥奪されてるしね」
「爵位?それがないと貴族ではないんですか?」
「うん」
普通に暮らしている人たちを思い浮かべる。
一生懸命働いて、お金を稼いで...それで普通の家と食事ができる。
なのに、働いてもいない人たちが見たことがないような洋服ばかり着て、豪華な食事をできるとは思えない。
「前のご当主はいい人だったらしいよ。でも、その跡を継いだ人がダメな人だったんだって。お金を考えなしに使っていたみたい」
「貴族のお仕事はしていなかったのでしょうか?」
「多分そうだと思うよ。悲しいけれど...今の世の中、お金がある人が正しいみたいなところがあるんだ」
(そんな...それじゃああの人とまた会うかもしれないということでしょうか...?)
私が不安に思ったのが分かってしまったのか、カムイが私を抱きしめながら頭を撫でる。
「大丈夫、悪い人は捕まえないとね。それに俺は、こんな間違ってることを無視できない」
「カムイ...ごめんなさい」
「どうしてメルが謝るの?メルは悪くない、悪いのはズルをしようとしている人たちだ。メル...俺はね、どれだけ沢山のお金を持っている人よりも、心が豊かな人の方が好きなんだ」
「心が豊か、ですか?」
「そう。たとえば、メルみたいに優しさや思いやりの心を持っている人の方が俺は好きだよ」
『好きだよ』という言葉は、いつも私の心をあたためてくれる。
(私も、カムイに伝えたいです)
「カムイ、私も好きです。お金や物より、カムイみたいに他の人を思いやれる人の方が好きです」
「メル...ありがとう。なんだか辛気くさくなっちゃったね。紅茶を淹れてくれる?」
「はい!」
私たちは食器を急いで片づけ、紅茶の準備をした。
「メル」
「はいっ⁉」
私の口のなかには、なにかサクサクしたものが入れられた。
「クッキーっていうんだ。紅茶と一緒に食べるとより美味しいんだよ」
(カムイはいつも突然すぎます...)
私はカムイの隣に座り、はじめての味に少し興奮しながら、いつものように夜のティータイムを楽しんだ。
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