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あなたへ贈る鎮魂歌
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「よし、なんとか詞だけは形になった…!」
結衣さんのスピードはものすごいもので、丁度クッキーが焼けたところで終わりになる。
「お疲れ様。もしよかったらこれもどうぞ」
「わあ、ありがとうございます。丁度甘いものが食べたかったんです」
彼女は本当に嬉しそうにそう話して、ひとつ摘んで口にした。
「美味しい…!これってバターですよね?」
「そうだよ。そっちがチョコチップで、そっちがヨーグルト、あとは…」
「…やっぱりマスターはすごいですね」
「だけど俺は、君みたいに長い時間頑張れないよ。君は本当にすごいと思う」
「…最初の頃はユイって名乗るのも嫌だったけど、あの子が呼んでくれた名前だから、大切にしようって思えたんです。
もし私が頑張っているとしたら、理由はそれだと思います。ユイを傷つけてしまわないようにしているんです」
彼女にとって、アーティストの自分は別物として考えているのだろう。
その輝きが失われないように、また自分自身を殺してしまっているのかもしれない。
「今回の曲は、君自身が作れた?最近人気のアーティストのユイではなく結衣さんとしてできたなら、どんな形になったとしてもそれだけでいいと思うんだ」
「マスターは私自身にこだわってくれますよね。いつもありがたいです」
そう話しながら、想いが散りばめられた歌詞を見せてくれた。
【またあなたに名前を呼んでほしくて、きらきら輝く星の海から探す。…必ずあの日の約束を叶えるから】
「俺はこの最後の1節が好きだな…」
「1番想いと決意をこめた場所、よく分かりましたね。いつも思うけど、マスターの観察力には敵わないです」
「そんなことないよ。俺だって見落としたものは沢山あるから」
…そう、見落とし過ぎほど見落としている。
あの人のことも砂時計のことも、未だに小夜さんの問題も解決していない。
「マスターも、もっと自信を持っていいと思います。今私がこうして生きているのは、マスターがいてくれるおかげですから」
「ありがとう。結衣さんは優しいんだね」
特別な相手の為にだけ考えられたものは、何よりも強いものだと思う。
彼女はこれからもきっと、想いと祈りをのせた歌を誰かの為に歌い続ける。
だが、彼女の心にはまだまだ傷が残ったままだ。
そのうえで必死にもがいている彼女を本当に尊敬する。
「ありがとうございました。また静かな場所にいたくなったら、いつでも来てください」
「ありがとうございます。絶対また来ます」
離れていく姿を見送りながら、今回のお代としていただいたイヤホンを耳に差し込む。
中にSDカードが残っていたのか、ゆったりとした音楽が流れ始めた。
『この店が誰かにとっての支えになること…難しいかもしれないけど、それが俺の1番の望みかもしれない』
…俺は今、あなたが望む形にできていますか?
結衣さんのスピードはものすごいもので、丁度クッキーが焼けたところで終わりになる。
「お疲れ様。もしよかったらこれもどうぞ」
「わあ、ありがとうございます。丁度甘いものが食べたかったんです」
彼女は本当に嬉しそうにそう話して、ひとつ摘んで口にした。
「美味しい…!これってバターですよね?」
「そうだよ。そっちがチョコチップで、そっちがヨーグルト、あとは…」
「…やっぱりマスターはすごいですね」
「だけど俺は、君みたいに長い時間頑張れないよ。君は本当にすごいと思う」
「…最初の頃はユイって名乗るのも嫌だったけど、あの子が呼んでくれた名前だから、大切にしようって思えたんです。
もし私が頑張っているとしたら、理由はそれだと思います。ユイを傷つけてしまわないようにしているんです」
彼女にとって、アーティストの自分は別物として考えているのだろう。
その輝きが失われないように、また自分自身を殺してしまっているのかもしれない。
「今回の曲は、君自身が作れた?最近人気のアーティストのユイではなく結衣さんとしてできたなら、どんな形になったとしてもそれだけでいいと思うんだ」
「マスターは私自身にこだわってくれますよね。いつもありがたいです」
そう話しながら、想いが散りばめられた歌詞を見せてくれた。
【またあなたに名前を呼んでほしくて、きらきら輝く星の海から探す。…必ずあの日の約束を叶えるから】
「俺はこの最後の1節が好きだな…」
「1番想いと決意をこめた場所、よく分かりましたね。いつも思うけど、マスターの観察力には敵わないです」
「そんなことないよ。俺だって見落としたものは沢山あるから」
…そう、見落とし過ぎほど見落としている。
あの人のことも砂時計のことも、未だに小夜さんの問題も解決していない。
「マスターも、もっと自信を持っていいと思います。今私がこうして生きているのは、マスターがいてくれるおかげですから」
「ありがとう。結衣さんは優しいんだね」
特別な相手の為にだけ考えられたものは、何よりも強いものだと思う。
彼女はこれからもきっと、想いと祈りをのせた歌を誰かの為に歌い続ける。
だが、彼女の心にはまだまだ傷が残ったままだ。
そのうえで必死にもがいている彼女を本当に尊敬する。
「ありがとうございました。また静かな場所にいたくなったら、いつでも来てください」
「ありがとうございます。絶対また来ます」
離れていく姿を見送りながら、今回のお代としていただいたイヤホンを耳に差し込む。
中にSDカードが残っていたのか、ゆったりとした音楽が流れ始めた。
『この店が誰かにとっての支えになること…難しいかもしれないけど、それが俺の1番の望みかもしれない』
…俺は今、あなたが望む形にできていますか?
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