クラシオン

黒蝶

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茜色

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「小声が、個性...?」
目の前の女性は驚愕しているようだった。
それもそうだろう。...コンプレックスだと思っているものをいきなりプラスの方に転換するのは難しい。
「はい。俺は、あなたの声が可愛らしいと思いました。
それがわざとなら少し考えたと思いますが、自分を追い詰めるほど悩み続けているあなたを見ていると心が痛みます」
今まであまりいい出会いに恵まれなかったのかもしれない。
これからなんて軽く言えるものではないが、彼女にはなんとか自分自身を認めてほしいと思う。
「いつも緊張して話せなくなってしまうから、私なんて迷惑をかけるだけだと思っていました。
でももし、そうじゃないなら...私にも、何かできることがあるでしょうか?」
「あなたは必死に生きている。それだけで充分すごいことだと思います」
誰しも、生きているだけですごい。
こんな考え方は甘いのかもしれないが、そうであってほしいと願うばかりだ。
「私、もうひとつお仕事を増やそうと思っていて...。それも家でできるものなんですけど、面接に受かる自信がないんです。
笑われたらどうしようって、不安になって...話すのも諦めていました」
成程、そういった事情もあってここに辿り着いたのか。
「でも、あなたの言葉に勇気をもらいました。ありがとうございます、店長さん」
「俺はただ、自分が思ったことを言っただけですよ」
それに、大半はあの人と一緒にいたから言えることだ。
そうでなければ今この場に立ってすらいなかっただろう。
「あの...もう少し、飲み物をもらってもいいですか?」
「勿論です。すぐにご用意いたします」
彼女の声は小さいが、心に響く何かがある。
それを分かってくれる人が側にいるのといないのとでは、雲泥の差になるだろう。
「...どうか、人と一緒にいることを諦めないでください」
「ありがとうございます。...私、もう少し頑張ってみますね」
一礼して去っていく後ろ姿を見届けながら、ゆっくり椅子に腰掛ける。
いつかこの場所が必要なくなればいい...そう思うが、残念ながら難しいだろう。
人は理解しきれないものに対して恐怖を抱くようにできている。
だからこそ、他種族間や多様性を認めるのが難しいのだろう。
...あの人が望んでいた世界にはまだまだほど遠い。
「...っ」
そのとき、また胸に痛みがはしる。
薬をできるだけ使わないようにしているつもりだが、残念なことに飲まずにはいられない。
『大丈夫だよ、俺はすぐ帰ってくるから。ちょっと行ってくるだけだから...ね、──』
...行き先も言わず、一体どこまで行ってしまったんですか?
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