クラシオン

灰色

体が温まるような飲み物を作ろうと躍起になっていると、ずきりと痛みがはしる。
だが、こんなことで動けなくなっている場合ではない。
...今宵も傷ついた心を持った人がやってくるのだから。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
その人はなんだか沈んでいる様子だった。
何を話せばいいのか分からないのはいつものことだが、今回のお客様はかなり無口だった。
話したくないのか、話す気力もないのか...それを見ただけで判断するのは難しい。
「一先ずこちらをどうぞ」
「...いただきます」
その女性の第一声はとても小さなものだった。
いつものように食器を洗いながら、彼女の表情を観察する。
全く表情が変わらない彼女は、一体どんなことを考えているのだろうか。
すると、小さな声が聞こえてくる。
「...美味しい」
「お喜びいただけたようでなによりです」
そう返すと、彼女は涙を零しはじめる。
小さく嗚咽が混じるのを確認して、ティッシュケースを差し出す。
「こちらをお使いください」
「ありがとうございます」
瞳に翳りがさしているものの、会話ができないわけではなさそうだ。
「お客様は、大きな音やわいわい賑やかな場所が苦手なのではありませんか？」
「...得意な方ではありません。どうして分かったんですか？」
「勘、でしょうか」
「勘...」
相変わらず声は小さいままだったが、それは恐らく彼女の体質なのだろう。
『大声で話せる人もいれば、逆に緊張からかぼそぼそとしか話せない方もいる。
それは俺たちがどうこう言えるものではないし、後者の場合は本人が気にしていることもあるからあまりつっこまない方がいいと思ってる』
あの人の言うとおりかもしれない。
現に彼女は泣いている。それだけ傷ついているということだろう。
「こんなに美味しいものを食べさせてもらえたのは、久しぶりだったので...すみません」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたの心がそれだけ傷ついているということですから」
一言一句逃さないように気をつけながら、彼女の傷を癒せるように思考を巡らせる。
もう少し話を聞かなければ何があったのか分からない。
だが、彼女は料理ひとつに涙してしまうほどの繊細な心を持っている。
いつも以上に言葉ひとつとっても気をつけなければ、硝子のように砕け散ってしまうだろう。
「料理もお持ちしますね」
「ありがとうございます...」
迷惑がられていないか少し心配ではあったものの、なんとか大丈夫そうだと考えることにする。
一体女性の周りでは、どんなことがおこってきたのだろうか。