クラシオン

黒蝶

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世の中、捨てたものではない

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「あれだけ叱られて、人間というものは本当に探すのかしら?」
「毎日磨いて大切に持っていた。そのうえ、あなたに話しかけていたのでしょう?
...たとえ姿が見えていなかったとしても、その方はあなたを探しているかもしれません」
あくまでもしも話ではあるが、その可能性は決して零ではない。
そう信じたいだけだが、家庭環境がそれほどよくなかったとなると尚のこと探しているのではないかと思う。
「探していただけるのはありがたいけれど、あの子がまた叱られてしまうくらいなら私は独りでも平気です」
彼女の瞳は寂しそうで、どう見ても大丈夫そうではない。
このままでは傷つけたまま帰すことになる...少しずつ焦りを感じていると、近くに人の気配がした。
その少女は、恐らく...その可能性に賭けてみるしかない。
「その子は長い黒髪で、いつもひらひらした洋服を着ている。髪を大切にする子で、実はあなたを身につけるのを楽しみにしていたのではありませんか?」
「どうしてそれが...」
少女ははっとしたように黙ってしまったがもう遅い。
「もうひと方、お客様をお招きします」
その瞬間、からんと音を立てて扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
「どうして...」
その少女は肩で息をしながら入ってきた。
一礼して、五十鈴様に向かって頭を下げる。
「ごめんなさい!私、本当はあなたのことがくっきりはっきり視えるんです。それなのに、今まで話しかけていいのか分からなくて変な態度をとっちゃうし...。
それに、あの人にぼろぼろにされるのをただ見ていることしかできなかった。助けられなくてごめんなさい...」
その少女は驚くほどすらすらと謝る。
不安そうに服を握りながら頭は下げたままで、なかなか顔をあげようとしない。
「私が、視えている?...そうでしたの。顔をあげてくださいな。あなたに対して腹をたてている訳ではありませんから」
五十鈴様はただ微笑みながら、真っ黒な言葉を放った。
「また捨てられるのか、とは思いましたけど...1番いけないのは、私を蹴飛ばして壊そうとしたあの人間ですから」
...決して怒っていないわけではない。
だが、乱暴に扱った相手に対する怒りは凄まじいのだろう。
「それじゃあ、また私と一緒にいてくれますか?」
「私は構いませんけど、あなたが叱られてしまうわ」
「今度は見つからない場所に隠します。...だから、今度は一緒にお話してください」
「仕方ないわね...。いいでしょう」
ふたりの会話を聞いていると、あの人の言葉を思い出す。
『付喪神というのは、存外不器用なのかもしれない。...少なくても、俺が会ってきた人たちはそうだったよ』
人間と関わるなんて大変なはずなのに、どうしてその道を選ぶのか気になる。
...訊いてしまっても大丈夫だろうか。
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