クラシオン

黒蝶

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開いた匣

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「...初めて会った日に練習していた曲にしてみます」
「是非聴かせてください」
どんな曲だろうと、彼女が必死に弾いていることに変わりはない。
音楽に詳しいわけではないが、どの曲も心を温かくしてくれるものだった。
「蛍たちの為に、何故そこまでできるんですか?...などと訊いてしまっては失礼でしょうか?」
「...私、ピアニストになりたいんです。
だけどコンクールではいつも銀賞、オーディションはいつも最終選考止まりで...諦めたくなっていました」
それほど才能があるのなら大丈夫な気もする、なんて簡単には言えなかった。
だが、彼女はきっと血が滲むような努力をしている。
「全部嫌になって、あの川辺にいました。
そうしたら、反対側からすごく美人なお姉さんが歩いてきたんです。
...その人に弾いてほしいと言われてやってみると、いつもの演奏の何倍も楽しくできました。蛍たちも喜んでくれているからまた聴かせてほしいって言ってもらえて、嬉しかったんです。
だけど彼女はもういなくなってしまう。...その前に、彼女がくれたこの匣の中身を見たかったんです」
彼女の演奏は化身にも認められた、ということだ。
化身は綺麗なものに目がない。
少女が奏でる旋律は本当に美しいし、いつまでも聴いていたいという気持ちになる。
「君の音は、人を笑顔にするんだと思う。蛍の化身はそれを見抜いたうえで、あまりに綺麗だったから沢山聴かせてほしかったんじゃないかな?
それに、友人の為にとこれだけ動ける人は滅多にいないと思うよ」
「...私の音、ちゃんと聴いてくれてたってことなんですよね。それうえで綺麗だって評価してくれた...。
どうしよう、今すごく嬉しくて言葉にできません」
「どうかその友人のことを忘れないでください。それから、夢も諦めてしまわないで」
少女は笑顔で頷く。
そして漸く匣が開き、彼女はとても驚いていた。
「オルゴールと...手紙?」
そこには彼女と出会ってからの出来事がびっしりと書かれていて、ただ一言楽しかったと...最後にお礼の言葉が書かれていた。
「こんなふうに大切に想ってくれていたなんて...嬉しい」
「素敵な友情ですね」
「手伝ってもらってとても助かりました。私、これからあの場所に行ってきます」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
砂時計の砂は綺麗に落ちきっていて、これなら大丈夫そうだと安心した。
いつかピアニストになった彼女が演奏している姿を見たい。
『みんな何かしらの才能はあると思うんだ。或いは、波長が合うものが...。
俺はそれがたまたまカフェを開くのに必要なものだったけど、──はどんなものかな?』
...俺にも、あなたと同じような店を開けるほどの才能はありますか?
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