クラシオン

黒蝶

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悪魔の微笑み

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今日も雨のなか、からんころんとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
「...」
その少女は、ただ一礼して着席する。
色々なお客様をもてなしてはきたが、今回のお客様ほど心を閉ざしているのは初めてかもしれない。
「お飲み物をどうぞ」
「あ、あ、ありがとう、ございます...」
鋭い眼光に射抜かれ、思わず固まってしまいそうになる。
ただ目つきがよくないだけなのか、それとも敵意剥き出しなのか、現時点では判断できない。
「何か軽く食べられそうなものもお持ちしますね」
何がいいだろうと考えつつ然り気無く少女の方に目をやると、袖口から血が溢れ出していた。
その出血に何か隠されているような気がして、救急箱を持ってくる。
「...お客様、失礼いたします」
「さ、触らないで!」
大声で拒絶されてしまったことに驚き、怯みそうになる。
腕も勢いよく弾かれてしまったが、ここで食い下がるわけにはいかない。
「申し訳ありません。ですが、傷の具合を診なければなりませんから」
「あ、あ...ご、ごめんなさい」
睨みつけていたかと思うと、すぐに頭を下げ謝罪の言葉を口にする。
目の前の少女の人柄が見えてこない。
『お客様を見た目で判断してはいけないよ。鋭い目には、色々な理由が隠されているはずだから。
...そうなるまでの過程を知らなければ、おもてなしはきっと成功しないだろう』
ふと思い出したあの人の言葉に、とにかく目の前の手当てに集中することにする。
袖を捲ってみると、随分酷い傷痕の数々が現れた。
「少し滲みますよ...」
「い、痛...」
「...はい、終わりました」
「ありがとうございます」
彼女はしばらく黙した後、ただ一言ぽつりと呟いた。
「いえ。大切なお客様ですから」
すると少女は口の端を大きく吊りあげた。
...今のは一体どんな意味があったのだろうか。
「少しお訊きしたいのですが、腕の傷はご自分でつけられたものでしょうか?」
「どうしてそう思ったんですか?」
「左腕にばかり集中しているのは、あなたが右利きだからではないかと思いまして...。
あとは、目が悲しいと訴えているからでしょうか」
先程何かメモをとっていたとき、彼女はたしかに右手でペンを持っていた。
腕時計がはめられているのは左手だし、間違いないのではとほぼ確信して告げたのだ。
「...だったら駄目なんですか?やめろって、そう言いたいんですか?」
「いいえ。それがあなたにとって価値あるものなら、俺に止める権利はありません」
「気持ち悪いって、思わないんですか?」
「感じ方は人それぞれだと思いますが、俺はそう思いません。
...あなたが傷を隠していたのは、周りに様々な思いを抱かせない為ではありませんか?」
また少し静寂が流れる。
それから目の前の少女は涙を流しはじめた。
「私は、店員さんみたいに上手く笑えないんです...」
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