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お客様が来ない日
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「おはようございます」
寝癖だらけの髪を手直ししながら、この日も小夜さんはぴったりの時間に起きてきた。
何故これほどまでに正確な時間が分かるのかと疑問に思うところもあるが、いつも実行している彼女は真剣そのものだ。
「ご飯は食べられそうですか?」
そう尋ねると、彼女は嬉しそうに頬をほころばせ頷く。
...今日も元気そうだ。
「それではこちらをどうぞ」
できたてのホットサンドを渡すとまた嬉しそうにしている。
それが無理矢理作られたものではないことは、見ているとなんとなく理解できた。
「ここでゆっくりしててください。俺はこれから買い出しに行かないといけないから、留守番をお願いするね」
すっと立ちあがった女性はまた手をふっていて、なんだか見ているこちらまで温かい気持ちになっていくようだった。
...ただ、彼女の前では相変わらず砂時計はぴくりとも動かない。
『動かないなら焦っても仕方がないか...。──には帰る場所はある?』
あのときは何のことを言っているのか分かっていなかったが、今ならこれのことだろうと推測できる。
いつになったら会えるのか、それとももう会うことはないのか...色々考えていると、すれ違う女性たちがこそこそと噂話をしていた。
「ねえ、見つけると幸せになれるカフェって知ってる?」
「何それ、どういうこと?」
「そのカフェは山奥にあるらしいんだけど、もし見つけられたらその場所で食べられる料理の力で幸せになれるらしいよ」
...そんなことはない。
そんな噂が流れているのかと内心苦笑する。
人によって幸せの形は様々なのに、それをひとくくりに幸福を呼ぶだのと言われても困るだけだ。
『噂より自分の目を信じるんだ。そうすれば迷うこともないはずだから。...いいね、──』
どの人も傷ついた様子はない。
これはいいことなのだろうが、それと同時に店を見つけることは絶対にできないということだ。
「...残念だけど、あなたたちには無理だ」
そんな言葉を独り呟く。
あの人がいなくなってから季節がひとつ変わろうとしているが、特に何も変わらない。
強いて言うなら居候ができただけだ。
「ただいま」
《おかえりなさい》
小夜さんはいつもどおり掃除をしてくれていた。
キッチンには入らないでほしいという無茶なお願いも守ってくれているらしく、ただ感謝しかない。
「小夜さん、いつもありがとう」
《私は私にできることをしているだけですから》
彼女はノートに綺麗な字で書いてそう教えてくれた。
「あとは俺がやるから奥で休んでて」
一礼して歩き出す彼女の後ろ姿を見つめながら、後でおやつでも持っていこうとキッチンに立つ。
なんとなく覚えがあると思っていると、恐らく似たような言葉をかけられた経験があるからだとゆっくり目を閉じる。
『俺はすごくなんかないよ。...俺にできることをしているだけなんだから』
...彼女はどこか、あなたに重なります。
寝癖だらけの髪を手直ししながら、この日も小夜さんはぴったりの時間に起きてきた。
何故これほどまでに正確な時間が分かるのかと疑問に思うところもあるが、いつも実行している彼女は真剣そのものだ。
「ご飯は食べられそうですか?」
そう尋ねると、彼女は嬉しそうに頬をほころばせ頷く。
...今日も元気そうだ。
「それではこちらをどうぞ」
できたてのホットサンドを渡すとまた嬉しそうにしている。
それが無理矢理作られたものではないことは、見ているとなんとなく理解できた。
「ここでゆっくりしててください。俺はこれから買い出しに行かないといけないから、留守番をお願いするね」
すっと立ちあがった女性はまた手をふっていて、なんだか見ているこちらまで温かい気持ちになっていくようだった。
...ただ、彼女の前では相変わらず砂時計はぴくりとも動かない。
『動かないなら焦っても仕方がないか...。──には帰る場所はある?』
あのときは何のことを言っているのか分かっていなかったが、今ならこれのことだろうと推測できる。
いつになったら会えるのか、それとももう会うことはないのか...色々考えていると、すれ違う女性たちがこそこそと噂話をしていた。
「ねえ、見つけると幸せになれるカフェって知ってる?」
「何それ、どういうこと?」
「そのカフェは山奥にあるらしいんだけど、もし見つけられたらその場所で食べられる料理の力で幸せになれるらしいよ」
...そんなことはない。
そんな噂が流れているのかと内心苦笑する。
人によって幸せの形は様々なのに、それをひとくくりに幸福を呼ぶだのと言われても困るだけだ。
『噂より自分の目を信じるんだ。そうすれば迷うこともないはずだから。...いいね、──』
どの人も傷ついた様子はない。
これはいいことなのだろうが、それと同時に店を見つけることは絶対にできないということだ。
「...残念だけど、あなたたちには無理だ」
そんな言葉を独り呟く。
あの人がいなくなってから季節がひとつ変わろうとしているが、特に何も変わらない。
強いて言うなら居候ができただけだ。
「ただいま」
《おかえりなさい》
小夜さんはいつもどおり掃除をしてくれていた。
キッチンには入らないでほしいという無茶なお願いも守ってくれているらしく、ただ感謝しかない。
「小夜さん、いつもありがとう」
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彼女はノートに綺麗な字で書いてそう教えてくれた。
「あとは俺がやるから奥で休んでて」
一礼して歩き出す彼女の後ろ姿を見つめながら、後でおやつでも持っていこうとキッチンに立つ。
なんとなく覚えがあると思っていると、恐らく似たような言葉をかけられた経験があるからだとゆっくり目を閉じる。
『俺はすごくなんかないよ。...俺にできることをしているだけなんだから』
...彼女はどこか、あなたに重なります。
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