クラシオン

黒蝶

文字の大きさ
上 下
16 / 216

受け継がれるもの

しおりを挟む
「申し訳ありません。お客様を悲しませるつもりでは...」
「そうじゃなくて、その...これを大切だって言われたの、初めてだったから嬉しくて...ありがとうございます」
...人の心は、いつだって複雑さで溢れている。
泣くのが悲しいからとは限らず、笑っているから嬉しいとも限らない。
分からないことが多くて難しいが、勉強して理解するものでもないだろう。
『相手の心から辛さを掬いあげて、心に積もった重荷を軽くできるように何か手伝えればそれでいいと思う。
...全てを救えなくても、居場所くらいは作れるかもしれないだろ?』
「どなたのものか伺ってもよろしいでしょうか?」
「...友人から託されたものなんです。友人は遠くに引っ越さないといけなくて...いつかまた一緒に音楽をやろうって約束したときにお互いの持ち物を交換しました。
でも、そう話したっきりで相手が自殺してしまいました」
大切な人が突然いなくなってしまった世界...それなら想像することができる。
この場合は、何故相手がその選択をするに至ったのか、何故自分が気づけなかったのかと責めているのだろう。
「私があげたものは、とても大事そうに仕舞われていました。家に置いてあるけど、たまに出して眺めるだけで辛くなってしまう...。
でも、彼女のことを忘れたい訳じゃなくて、だからといっていくら待ってももう会えない...気持ちに踏ん切りがつかないんです」
朝食にとお出ししたパンを囓りながら、少女はやはり虚ろな瞳でそう話す。
...もしかすると、彼女は昨日友人の後を追うつもりだったのかもしれない。
「今はひとりで暮らしているの?」
「家族と折り合いが悪くて家を出ました。今はアルバイトと路上ライブ、それから小さい頃からの貯金で生活しています」
「...立派すぎるあまり疲れてしまっていそうだね。それで学校にも通うとなると、休む間がなくてすごく辛くなりそうだ」
「どうしてそれを...」
「昨日、学生証を落としていたから拾っておいたんだ。君のものだろう?」
目の前の少女...学生証に書かれていたとおりなら矢牧結衣やまきゆいという名の少女は、小さく頷きただ固まっていた。
正直なところ、それだけの仕事をこなして授業を受けるなんて半端な覚悟では成り立たない。
「あんたさえいなければって言われても、一緒にいてくれる友人がいたから頑張れた。
でも、私は彼女のことを何も気づけなかったんです。
...私が代わりに消えてしまえばよかったのに」
結衣の心は悲鳴をあげている。
もう限界だと、自分も飛んでいきたいと。
俺に何ができるだろうか。
いや、何ができるかより何かせずにはいられない。
「...俺にも、大切な人がいるんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

あらすじ集

リヴァイヴ
ライト文芸
毎日1つあらすじを書いていこう

『ヘブン』

篠崎俊樹
ライト文芸
私と、今の事実婚の妻との馴れ初めや、その他、自分の身辺のことを書き綴る、連載小説です。毎日、更新して、書籍化を目指します。ジャンルは、ライトノベルにいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

闇のなかのジプシー

関谷俊博
児童書・童話
柊は人形みたいな子だった。
喋らない。表情がない。感情を出さない。こういう子を無口系というらしいが、柊のそれは徹底したもので、笑顔はおろか頬をピクリと動かすのさえ見たことがない。そんな柊とペアを組むことになったのだから、僕は困惑した。

幼馴染みに殺される!?

設楽 件
ライト文芸
 僕は二十歳で、親が決めた相手と結婚させられた。  結婚相手は幼馴染み。仲悪いが、結婚しないと親から勘当!?  周囲には仲良し夫婦を演じて、心の底では、いつかお互いに殺そうと考えている  今、独特な新婚生活が始まる!  一話300文字台です。サクサク読める作品になっていると思います。

カフェ・ボヌールでひと息

浅川瀬流
ライト文芸
 お客様に幸せな時間を。  友達付き合いに悩む高校生、仕事が上手くいかない新入社員、定年退職した元会社員…レトロで温かみのある喫茶店『カフェ・ボヌール』にフラッと迷い込んだ人たち。  従業員の柏木幸次、窪田静哉、東雲萌花は、お客様のモヤモヤした気持ちを解消することはできるのだろうか? 【参考文献】 世界文化社(2021年)『新版 コーヒー美味手帖』世界文化社 高山かづえ(2019年)『純喫茶レシピ おうちでできるあのメニュー』誠文堂新光社 公益社団法人日本茶業中央会、NPO法人日本茶インストラクター協会(2014年)『日本茶の図鑑』マイナビ

北野坂パレット

うにおいくら
ライト文芸
 舞台は神戸・異人館の街北野町。この物語はほっこり仕様になっております。 青春の真っただ中の子供達と青春の残像の中でうごめいている大人たちの物語です。 『高校生になった記念にどうだ?』という酒豪の母・雪乃の訳のわからん理由によって、両親の離婚により生き別れになっていた父・一平に生まれて初めて会う事になったピアノ好きの高校生亮平。   気が付いたら高校生になっていた……というような何も考えずにのほほんと生きてきた亮平が、父親やその周りの大人たちに感化されて成長していく物語。  ある日父親が若い頃は『ピアニストを目指していた』という事を知った亮平は『何故その夢を父親が諦めたのか?』という理由を知ろうとする。  それは亮平にも係わる藤崎家の因縁が原因だった。 それを知った亮平は自らもピアニストを目指すことを決意するが、流石に16年間も無駄飯を食ってきた高校生だけあって考えがヌルイ。脇がアマイ。なかなか前に進めない。   幼馴染の冴子や宏美などに振り回されながら、自分の道を模索する高校生活が始まる。 ピアノ・ヴァイオリン・チェロ・オーケストラそしてスコッチウィスキーや酒がやたらと出てくる小説でもある。主人公がヌルイだけあってなかなか音楽の話までたどり着けないが、8話あたりからそれなりに出てくる模様。若干ファンタージ要素もある模様だが、だからと言って異世界に転生したりすることは間違ってもないと思われる。

人生前のめり♪

ナンシー
ライト文芸
僕は陸上自衛官。 背中に羽を背負った音楽隊に憧れて入隊したのだけれど、当分空きがないと言われ続けた。 空きを待ちながら「取れる資格は取っておけ!」というありがたい上官の方針に従った。 もちろん、命令は絶対。 まあ、本当にありがたいお話で、逆らう気はなかったし♪ そして…気づいたら…胸にたくさんの記章を付けて、現在に至る。 どうしてこうなった。 (…このフレーズ、一度使ってみたかったのです) そんな『僕』と仲間達の、前向き以上前のめり気味な日常。 ゆっくり不定期更新。 タイトルと内容には、微妙なリンクとズレがあります。 なお、実際の団体とは全く関係ありません。登場人物や場所等も同様です。 基本的に1話読み切り、長さもマチマチ…短編集のような感じです。

処理中です...