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先か後か
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「どういう、ことですか?」
「紅茶論争というものがあります。...ミルクを先に入れるか後に入れるか、というものです」
ミルクは先に入れた方が理論上最も美味しく感じるものの、足りなくても継ぎ足すことができない。
後入れは継ぎ足すことができるが、先入れほどの風味が出ない...ただそれだけのことだ。
「後入れしかしたことがなかった...」
「今回はミルク・イン・ファーストしてみるよ」
ミルクを一気に注ぎ、その上から紅茶を淹れていく。
大抵は後入れの方が調節できていいと言われるのだが、どうだろう。
「お待たせしました」
「いただきます。...確かにいつもと味がちょっと違うような気がする」
「お気に召していただけたようで何よりです」
「でも、どうして紅茶の話を...」
首を傾げる碧に、俺はただ思ったことを口に出す。
「実はこれ、本場イギリスで論争になったんだ」
「...どっちが正解になったんですか?」
「答えは結局出なかった」
「え...?」
ただ呆然とするその人に、俺はただ自分の気持ちをぶつけた。
「好みは人によって違うだろう?...俺は、好きな方で淹れればいいと思ってる。
お店ではお客様が味の調節をできるようにってミルク・イン・アフターの方が多いけど、俺は先でも後でも美味しければいいと思うんだ」
「確かに、そうですね。美味しいと感じて、楽しんで食事ができる方を選べれば...」
その人ははっとした表情を見せる。
「...君は人生を重く捉えすぎているように見える。真剣に考えるのはいいことだけど、どちらを選択するにしても、どちらでもない選択をするにしても、君が楽しめる方を選べればいいんじゃないかな。
...勿論、どちらでもない方を選択するのもいいと思うけどね」
アイスレモンティーを差し出すと、碧はただ柔らかく微笑む。
「...どちらかを選ばないといけなくなる日がくるのかもしれないけど、それまでは今のまま頑張ってみようと思います」
「それがいいのかもしれないね」
全てのものを平らげると、慌てた様子で俺を見つめる。
「僕、持ち分が少ないんですけど...」
「この店ではお金はもらわないんだ」
「それなら、これをもらってもらえませんか?」
それは、可愛らしいテディベアだった。
全て手縫いでできているあたり、手作りなのかもしれない。
「本当に貰ってしまっていいのかな?」
「はい。...その代わり、また来てもいいですか?」
「俺は基本的に店にいるから、いつでもどうぞ。...ありがとうございました」
手元の小さめの砂時計を見てみると、丁度最後の砂が落ちる瞬間だった。
これだけ濃厚な時間を過ごせたのは久しぶりかもしれない。
『お客様の笑顔が1番の宝なんだ』
...あなたが言っていたこと、少しだけ理解できたかもしれません。
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ミルクは先に入れた方が理論上最も美味しく感じるものの、足りなくても継ぎ足すことができない。
後入れは継ぎ足すことができるが、先入れほどの風味が出ない...ただそれだけのことだ。
「後入れしかしたことがなかった...」
「今回はミルク・イン・ファーストしてみるよ」
ミルクを一気に注ぎ、その上から紅茶を淹れていく。
大抵は後入れの方が調節できていいと言われるのだが、どうだろう。
「お待たせしました」
「いただきます。...確かにいつもと味がちょっと違うような気がする」
「お気に召していただけたようで何よりです」
「でも、どうして紅茶の話を...」
首を傾げる碧に、俺はただ思ったことを口に出す。
「実はこれ、本場イギリスで論争になったんだ」
「...どっちが正解になったんですか?」
「答えは結局出なかった」
「え...?」
ただ呆然とするその人に、俺はただ自分の気持ちをぶつけた。
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お店ではお客様が味の調節をできるようにってミルク・イン・アフターの方が多いけど、俺は先でも後でも美味しければいいと思うんだ」
「確かに、そうですね。美味しいと感じて、楽しんで食事ができる方を選べれば...」
その人ははっとした表情を見せる。
「...君は人生を重く捉えすぎているように見える。真剣に考えるのはいいことだけど、どちらを選択するにしても、どちらでもない選択をするにしても、君が楽しめる方を選べればいいんじゃないかな。
...勿論、どちらでもない方を選択するのもいいと思うけどね」
アイスレモンティーを差し出すと、碧はただ柔らかく微笑む。
「...どちらかを選ばないといけなくなる日がくるのかもしれないけど、それまでは今のまま頑張ってみようと思います」
「それがいいのかもしれないね」
全てのものを平らげると、慌てた様子で俺を見つめる。
「僕、持ち分が少ないんですけど...」
「この店ではお金はもらわないんだ」
「それなら、これをもらってもらえませんか?」
それは、可愛らしいテディベアだった。
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「本当に貰ってしまっていいのかな?」
「はい。...その代わり、また来てもいいですか?」
「俺は基本的に店にいるから、いつでもどうぞ。...ありがとうございました」
手元の小さめの砂時計を見てみると、丁度最後の砂が落ちる瞬間だった。
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