クラシオン

黒蝶

文字の大きさ
上 下
12 / 216

先か後か

しおりを挟む
「どういう、ことですか?」
「紅茶論争というものがあります。...ミルクを先に入れるか後に入れるか、というものです」
ミルクは先に入れた方が理論上最も美味しく感じるものの、足りなくても継ぎ足すことができない。
後入れは継ぎ足すことができるが、先入れほどの風味が出ない...ただそれだけのことだ。
「後入れしかしたことがなかった...」
「今回はミルク・イン・ファーストしてみるよ」
ミルクを一気に注ぎ、その上から紅茶を淹れていく。
大抵は後入れの方が調節できていいと言われるのだが、どうだろう。
「お待たせしました」
「いただきます。...確かにいつもと味がちょっと違うような気がする」
「お気に召していただけたようで何よりです」
「でも、どうして紅茶の話を...」
首を傾げる碧に、俺はただ思ったことを口に出す。
「実はこれ、本場イギリスで論争になったんだ」
「...どっちが正解になったんですか?」
「答えは結局出なかった」
「え...?」
ただ呆然とするその人に、俺はただ自分の気持ちをぶつけた。
「好みは人によって違うだろう?...俺は、好きな方で淹れればいいと思ってる。
お店ではお客様が味の調節をできるようにってミルク・イン・アフターの方が多いけど、俺は先でも後でも美味しければいいと思うんだ」
「確かに、そうですね。美味しいと感じて、楽しんで食事ができる方を選べれば...」
その人ははっとした表情を見せる。
「...君は人生を重く捉えすぎているように見える。真剣に考えるのはいいことだけど、どちらを選択するにしても、どちらでもない選択をするにしても、君が楽しめる方を選べればいいんじゃないかな。
...勿論、どちらでもない方を選択するのもいいと思うけどね」
アイスレモンティーを差し出すと、碧はただ柔らかく微笑む。
「...どちらかを選ばないといけなくなる日がくるのかもしれないけど、それまでは今のまま頑張ってみようと思います」
「それがいいのかもしれないね」
全てのものを平らげると、慌てた様子で俺を見つめる。
「僕、持ち分が少ないんですけど...」
「この店ではお金はもらわないんだ」
「それなら、これをもらってもらえませんか?」
それは、可愛らしいテディベアだった。
全て手縫いでできているあたり、手作りなのかもしれない。
「本当に貰ってしまっていいのかな?」
「はい。...その代わり、また来てもいいですか?」
「俺は基本的に店にいるから、いつでもどうぞ。...ありがとうございました」
手元の小さめの砂時計を見てみると、丁度最後の砂が落ちる瞬間だった。
これだけ濃厚な時間を過ごせたのは久しぶりかもしれない。
『お客様の笑顔が1番の宝なんだ』
...あなたが言っていたこと、少しだけ理解できたかもしれません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いていく詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

怪人幻想

乙原ゆう
ライト文芸
ソプラノ歌手を目指す恵美が師の篠宮と共に音楽祭のために訪れたクロウ家の館。そこには選ばれた者だけが出会える「ファントム」がいるという。 「私を想い、私の為だけに歌うがいい。そうすればおまえはこの曲を歌いこなせるだろう」 ファントムに導かれる恵美とそれを危惧する若きピアニストのエドワード。 そんな中、篠宮が突然引退を決意して恵美が舞台に立つことに……

【完結】お茶を飲みながら  -季節の風にのって-

志戸呂 玲萌音
ライト文芸
les quatre saisons  フランス語で 『四季』 と言う意味の紅茶専門のカフェを舞台としたお話です。 【プロローグ】 茉莉香がles quatre saisonsで働くきっかけと、 そこに集まる人々を描きます。 このお話は短いですが、彼女の人生に大きな影響を与えます。 【第一章】 茉莉香は、ある青年と出会います。 彼にはいろいろと秘密があるようですが、 様々な出来事が、二人を次第に結び付けていきます。 【第二章】 茉莉香は、将来について真剣に考えるようになります。 彼女は、悩みながらも、自分の道を模索し続けます。 果たして、どんな人生を選択するのか? お話は、第三章、四章と続きながら、茉莉香の成長を描きます。 主人公は、決してあきらめません。 悩みながらも自分の道を歩んで行き、日々を楽しむことを忘れません。 全編を通して、美味しい紅茶と甘いお菓子が登場し、 読者の方も、ほっと一息ついていただけると思います。 ぜひ、お立ち寄りください。 ※小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にても連載中です。

もしもし、こちらは『居候屋』ですが?

産屋敷 九十九
ライト文芸
【広告】 『居候屋』 あなたの家に居候しにいきます! 独り身で寂しいヒト、いろいろ相談にのってほしいヒト、いかがですか? 一泊 二千九百五十一円から! 電話番号: 29451-29451 二十四時間営業! ※決していかがわしいお店ではありません ※いかがわしいサービス提供の強要はお断りします

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

妖精の園

華周夏
ファンタジー
私はおばあちゃんと二人暮らし。金色の髪はこの世には、存在しない色。私の、髪の色。みんな邪悪だという。でも私には内緒の唄が歌える。植物に唄う大地の唄。花と会話したりもする。でも、私にはおばあちゃんだけ。お母さんもお父さんもいない。おばあちゃんがいなくなったら、私はどうしたらいいの?だから私は迷いの森を行く。お伽噺の中のおばあちゃんが語った妖精の国を目指して。 少しだけHなところも。。 ドキドキ度数は『*』マークで。

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

僕の彼女はアイツの親友

みつ光男
ライト文芸
~僕は今日も授業中に 全く椅子をずらすことができない、 居眠りしたくても 少し後ろにすら移動させてもらえないんだ~ とある新設校で退屈な1年目を過ごした ごくフツーの高校生、高村コウ。 高校2年の新学期が始まってから常に コウの近くの席にいるのは 一言も口を聞いてくれない塩対応女子の煌子 彼女がコウに近づいた真の目的とは? そしてある日の些細な出来事をきっかけに 少しずつ二人の距離が縮まるのだが 煌子の秘められた悪夢のような過去が再び幕を開けた時 二人の想いと裏腹にその距離が再び離れてゆく。 そして煌子を取り巻く二人の親友、 コウに仄かな思いを寄せる美月の想いは? 遠巻きに二人を見守る由里は果たして…どちらに? 恋愛と友情の狭間で揺れ動く 不器用な男女の恋の結末は 果たして何処へ向かうのやら?

処理中です...