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逆境を壊す
第63話
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「……」
少し散らかった一室の扉を閉め、床にものが落ちていないか確認してから手招きする。
「どうぞ。新しい茶葉を買ったから、今日はそれを淹れるね」
お茶を淹れながら思い出すのは、3人で過ごした日々。
──SKIRDのキリとしてデビューしたのは、まだ定時制に入ったばかりの頃だった。
「3人とも、今日はよろしくね」
「はい!」
俺はギターと時々ボーカル、黒川はドラム、そして…彼女はキーボードボーカル。
「ケイ、こっち向いて!」
「クロ、今日もかっこよかった…」
「キリ、次もいい曲聞かせてくれ」
みんな名前にKを使う文字が入っていたことと、様々な色に変わる空をどこまでも飛び続けられる鳥のように高みへ進みたい…なんていう意味をこめてつけたバンド名だった。
「誰も空と鳥をあわせたなんて思ってないんだろうな…」
「いいじゃない。意味は私たちだけに分かっていれば」
「それはそうかもしれないけど、」
「……ふたりともお疲れ様。先帰るね」
ボーイッシュな見た目だが、圭は女の子だ。
黒川と恋人同士であることは俺しか知らない。
小糸圭は名字で呼ばれるのを嫌がっていたため、いつも圭と呼んでいた。
メジャーデビューしたばかりの俺たちは、小さな箱でのライブを積み重ねることしかできない。
この頃は、時々路上ライブをするのが楽しみだった。
そんな日々が続いたある日、俺は圭から相談を受けた。
「…ねえ、霧はもし家族に見つかったらどうする?」
俺の家も大概だったけど、圭の親が所謂毒親だったことは知っている。
…初めて会ったのが、お互い家出したところだったから。
「見つかりそうなの?」
「黒川が…淳が会って話し合えってうるさいんだ。この前は勝手に連絡しようとしてたし」
黒川は俺たちと違ってごく普通な家庭で育っている。
何度か説明してみたけど、なかなか噛み合わない。
「俺が黒川と話してみようか?」
「…ううん。もう少し自分で頑張ってみる。けど、それで駄目そうならお願いしてもいい?」
「勿論。何かあったら教えて」
「ありがとう」
CDの発売が決まったのが丁度この頃で、圭はかなり心にどす黒いものを溜めこんでいたに違いない。
それから数日経ったレコーディング中、圭は過労で倒れてしまった。
少なくとも1週間は休むように医者から言われ、圭が頭を下げる。
「ふたりとも、ごめん」
「謝らないで。俺の方こそ気づかなくてごめんね」
「なんで言ってくれなかったんだよ、圭…」
「大丈夫だと思ってたんだ。意外と駄目だったみたい」
最近よく自主練しているのは知っていたけど、まさかここまで無理をしているとは思っていなかった。
3日は入院が必要ということで、一旦黒川と外に出る。
「俺、頼りなかったのかな…」
「圭は責任感が強いから、抱えこませちゃってたのかもしれないね。何か必要なものとかある?」
「それは俺が持っていく。ただ、明日は来ないでほしい」
「…分かった。また明後日圭の様子を見に来るね」
ふたりでいる時間がほしいのだろうと思っていた。
だから俺は、何も聞かずに承諾してしまったのだ。
そしてこれが、大きな過ちであることに気づけなかった。
少し散らかった一室の扉を閉め、床にものが落ちていないか確認してから手招きする。
「どうぞ。新しい茶葉を買ったから、今日はそれを淹れるね」
お茶を淹れながら思い出すのは、3人で過ごした日々。
──SKIRDのキリとしてデビューしたのは、まだ定時制に入ったばかりの頃だった。
「3人とも、今日はよろしくね」
「はい!」
俺はギターと時々ボーカル、黒川はドラム、そして…彼女はキーボードボーカル。
「ケイ、こっち向いて!」
「クロ、今日もかっこよかった…」
「キリ、次もいい曲聞かせてくれ」
みんな名前にKを使う文字が入っていたことと、様々な色に変わる空をどこまでも飛び続けられる鳥のように高みへ進みたい…なんていう意味をこめてつけたバンド名だった。
「誰も空と鳥をあわせたなんて思ってないんだろうな…」
「いいじゃない。意味は私たちだけに分かっていれば」
「それはそうかもしれないけど、」
「……ふたりともお疲れ様。先帰るね」
ボーイッシュな見た目だが、圭は女の子だ。
黒川と恋人同士であることは俺しか知らない。
小糸圭は名字で呼ばれるのを嫌がっていたため、いつも圭と呼んでいた。
メジャーデビューしたばかりの俺たちは、小さな箱でのライブを積み重ねることしかできない。
この頃は、時々路上ライブをするのが楽しみだった。
そんな日々が続いたある日、俺は圭から相談を受けた。
「…ねえ、霧はもし家族に見つかったらどうする?」
俺の家も大概だったけど、圭の親が所謂毒親だったことは知っている。
…初めて会ったのが、お互い家出したところだったから。
「見つかりそうなの?」
「黒川が…淳が会って話し合えってうるさいんだ。この前は勝手に連絡しようとしてたし」
黒川は俺たちと違ってごく普通な家庭で育っている。
何度か説明してみたけど、なかなか噛み合わない。
「俺が黒川と話してみようか?」
「…ううん。もう少し自分で頑張ってみる。けど、それで駄目そうならお願いしてもいい?」
「勿論。何かあったら教えて」
「ありがとう」
CDの発売が決まったのが丁度この頃で、圭はかなり心にどす黒いものを溜めこんでいたに違いない。
それから数日経ったレコーディング中、圭は過労で倒れてしまった。
少なくとも1週間は休むように医者から言われ、圭が頭を下げる。
「ふたりとも、ごめん」
「謝らないで。俺の方こそ気づかなくてごめんね」
「なんで言ってくれなかったんだよ、圭…」
「大丈夫だと思ってたんだ。意外と駄目だったみたい」
最近よく自主練しているのは知っていたけど、まさかここまで無理をしているとは思っていなかった。
3日は入院が必要ということで、一旦黒川と外に出る。
「俺、頼りなかったのかな…」
「圭は責任感が強いから、抱えこませちゃってたのかもしれないね。何か必要なものとかある?」
「それは俺が持っていく。ただ、明日は来ないでほしい」
「…分かった。また明後日圭の様子を見に来るね」
ふたりでいる時間がほしいのだろうと思っていた。
だから俺は、何も聞かずに承諾してしまったのだ。
そしてこれが、大きな過ちであることに気づけなかった。
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