ノーヴォイス・ライフ

黒蝶

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第43話

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どれくらい時間が経っただろう。後ろから声をかけられた。
「桜雪ちゃん、おまたせ」
穂さんだ。今顔をあげたら心配させてしまう。
「寝ちゃってる…わけじゃないよね。何かあった?」
首を横にふるのでせいいっぱいで、とても顔をあげられる状態じゃなかった。
「もし俺が何かしちゃったならごめん。だけど、桜雪ちゃんの気持ちをちゃんと知りたいんだ。…話してくれないかな?」
私は迷った挙げ句、手話で説明することにした。
「【穂さんが悪いわけではなくて、ちょっと嫌なことを思い出したんです。
先生たちが間に入ってくれたのでもう少ししたら動けます。大丈夫です】」
「嫌なこと、先生、動く……大丈夫?本当に大丈夫な人は、こうならないよ」
冷たくなった指先に温かい感触が雪のように降ってくる。
「これ、涙でしょ?泣いてる人が大丈夫なわけない」
優しく頭を撫でられて、心がだんだんほぐれていく。
苦しいなんて話していいのか分からなかった。
他の人に触られたら嫌なのに、穂さん相手にはすごく安心する。
「俺にできること、ある?」
「……【側にいて】」
伝わったかどうかなんて分からない。
こんな我儘を言って困らせてしまったんじゃないだろうか。
そう思っていたけど、優しく頭を撫でられて手に何か握らされる。
「これ、好きに使って。隣で作業してるから、落ち着くまで突っ伏しててね」
手を引っ込めると、握っていたのはギンガムチェックのハンカチだった。
涙を拭いながら顔をあげる。
「もし他の場所がいいなら…」
起きあがったことに気づいた穂さんはそう声をかけてくれたけど、首を横にふる。
これ以上心配をかけたくないし、この場所を離れてまたあの人たちに会ったらどうしようという不安が大きかった。
「あの…その子大丈夫?」
「えっと…すみません、これで飲み物ふたり分お願いしていいですか?」
「勿論。すぐ持ってくる」
別の生徒さんが声をかけてくれて、飲み物を持ってきてくれた。
それから少しして別の声がする。
「あの、売上の計算…え、泣かせたんですか?」
「違うよ。お金はこっちで預かるね」
「えっと…ごめんなさい。売れ残りみたいなものですけど、僕が作ったものでよければ受け取ってください」
同い年くらいの女の子が可愛らしいはりねずみのマスコットを渡してくれた。
「……【ありがとうございます】」
「ありがとうって言ってる」
「え?」
「その子、声が出ないんだ。だから今手話で言ったんだよ。筆談できる状態でもないしね」
「そうだったんですね。一応名刺、置いておきますね。はりねずみさん、気に入ってもらえると嬉しいです」
その子も去っていって、少し涙がひっこむ。
温かい飲み物に、優しさがこめられたはりねずみ。
やっぱりこの場所はすごく温かい。
「ちょっと休憩しようか」
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