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第32話
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「八坂さん、お疲れ様」
「【お疲れ様でした】」
夕方、バイト終わりのこと。
店長さんに挨拶して子猫のケージに近づくと、こゆきがきゅるきゅるした目で私を見ていた。
本当は連れて帰りたいけど、寂しがらせてしまいそうで心配だ。
それに、生き物を飼うというのはいつか訪れる別れまで見守らないといけないということで…まだ迷っている。
「八坂さん、もしかしてこゆきを連れて帰りたいって思ってる?」
「……!」
店長さんはにっこり笑いながら書類を持ってきて見せてくれた。
「猫を飼ったことはある?」
「【捨て猫を8ヶ月くらい飼ったことがあります。1匹は引き取り手が見つかって、もう1匹は病気にかかっていて、そのまま…】」
「そっか。こゆきは八坂さんにすごくなついていて、その…もし嫌じゃなければ引き取ってほしいんだ。
他の猫たちと違って人間に心を開けない子だから、気を許せる相手のところにいてほしいって思ってる。私にできるのは猫たちの幸せを見つける手伝いだから」
多分、店長さんはいつか私が辞めることになったときを考えて話している。
飼うために必要なものは餌と砂とおもちゃ以外揃っているけど、返事はまだ保留にしてほしいと伝えた。
…またひとりになるのは辛いから。
「引き止めちゃってごめんね。お疲れ様」
一礼してすぐ古書店のバイトに向かおうとしたけど、何か食べてからにしないと体力が持たない。
もう駅前のお店で夕飯を摂るのは難しいからどこへ行こう…なんて考えていると、喫茶店が目に入った。
「いらっしゃいませ」
「【グラタンとアイスティーください】」
「かしこまりました」
初めて入ったそのお店はとても静かで過ごしやすい。
奥の方の席に入れば他のお客さんと顔を合わせることもないからすごく気が楽だ。
冷えた体にグラタンと店員さんの温かさが沁みわたる。
「ありがとうございました」
バイト先まで楽しい気分で向かっていたものの、制服姿の女子高生たちを見た瞬間気分が落ちこんだ。
全然関係ない人たちだって分かっていても、怖くて指先が震える。
その場から逃げるように古書店へ入った瞬間誰かとぶつかった。
「あれ、桜雪ちゃん?」
顔をあげると、仕事用エプロンを付けた穂さんが立っていた。
「【ごめんなさい】」
「俺は大丈夫だけど…何かあった?」
「【ぼんやりしていました】」
「えっと…」
手話で伝えるのは難しくて、急いでメモ帳を取り出す。
「【ぼんやりしていて、前をよく見ていなかったんです。不注意でぶつかってしまいました】」
「俺の方こそごめん。ここのレイアウトを変えるのに夢中になりすぎてたんだ」
お店の奥の方にあるそのスペースはあまり目立たない場所で、誰かに目を向けてもらえるようにいつも色々なコーナーを設けている。
積みあがった本をひとりで並べるのは大変だろう。
それに、少しでも役に立ちたかった。
「【急いで着替えてくるのでお手伝いさせてください】」
「【お疲れ様でした】」
夕方、バイト終わりのこと。
店長さんに挨拶して子猫のケージに近づくと、こゆきがきゅるきゅるした目で私を見ていた。
本当は連れて帰りたいけど、寂しがらせてしまいそうで心配だ。
それに、生き物を飼うというのはいつか訪れる別れまで見守らないといけないということで…まだ迷っている。
「八坂さん、もしかしてこゆきを連れて帰りたいって思ってる?」
「……!」
店長さんはにっこり笑いながら書類を持ってきて見せてくれた。
「猫を飼ったことはある?」
「【捨て猫を8ヶ月くらい飼ったことがあります。1匹は引き取り手が見つかって、もう1匹は病気にかかっていて、そのまま…】」
「そっか。こゆきは八坂さんにすごくなついていて、その…もし嫌じゃなければ引き取ってほしいんだ。
他の猫たちと違って人間に心を開けない子だから、気を許せる相手のところにいてほしいって思ってる。私にできるのは猫たちの幸せを見つける手伝いだから」
多分、店長さんはいつか私が辞めることになったときを考えて話している。
飼うために必要なものは餌と砂とおもちゃ以外揃っているけど、返事はまだ保留にしてほしいと伝えた。
…またひとりになるのは辛いから。
「引き止めちゃってごめんね。お疲れ様」
一礼してすぐ古書店のバイトに向かおうとしたけど、何か食べてからにしないと体力が持たない。
もう駅前のお店で夕飯を摂るのは難しいからどこへ行こう…なんて考えていると、喫茶店が目に入った。
「いらっしゃいませ」
「【グラタンとアイスティーください】」
「かしこまりました」
初めて入ったそのお店はとても静かで過ごしやすい。
奥の方の席に入れば他のお客さんと顔を合わせることもないからすごく気が楽だ。
冷えた体にグラタンと店員さんの温かさが沁みわたる。
「ありがとうございました」
バイト先まで楽しい気分で向かっていたものの、制服姿の女子高生たちを見た瞬間気分が落ちこんだ。
全然関係ない人たちだって分かっていても、怖くて指先が震える。
その場から逃げるように古書店へ入った瞬間誰かとぶつかった。
「あれ、桜雪ちゃん?」
顔をあげると、仕事用エプロンを付けた穂さんが立っていた。
「【ごめんなさい】」
「俺は大丈夫だけど…何かあった?」
「【ぼんやりしていました】」
「えっと…」
手話で伝えるのは難しくて、急いでメモ帳を取り出す。
「【ぼんやりしていて、前をよく見ていなかったんです。不注意でぶつかってしまいました】」
「俺の方こそごめん。ここのレイアウトを変えるのに夢中になりすぎてたんだ」
お店の奥の方にあるそのスペースはあまり目立たない場所で、誰かに目を向けてもらえるようにいつも色々なコーナーを設けている。
積みあがった本をひとりで並べるのは大変だろう。
それに、少しでも役に立ちたかった。
「【急いで着替えてくるのでお手伝いさせてください】」
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