ノーヴォイス・ライフ

黒蝶

文字の大きさ
上 下
33 / 74

第32話

しおりを挟む
「八坂さん、お疲れ様」
「【お疲れ様でした】」
夕方、バイト終わりのこと。
店長さんに挨拶して子猫のケージに近づくと、こゆきがきゅるきゅるした目で私を見ていた。
本当は連れて帰りたいけど、寂しがらせてしまいそうで心配だ。
それに、生き物を飼うというのはいつか訪れる別れまで見守らないといけないということで…まだ迷っている。
「八坂さん、もしかしてこゆきを連れて帰りたいって思ってる?」
「……!」
店長さんはにっこり笑いながら書類を持ってきて見せてくれた。
「猫を飼ったことはある?」
「【捨て猫を8ヶ月くらい飼ったことがあります。1匹は引き取り手が見つかって、もう1匹は病気にかかっていて、そのまま…】」
「そっか。こゆきは八坂さんにすごくなついていて、その…もし嫌じゃなければ引き取ってほしいんだ。
他の猫たちと違って人間に心を開けない子だから、気を許せる相手のところにいてほしいって思ってる。私にできるのは猫たちの幸せを見つける手伝いだから」
多分、店長さんはいつか私が辞めることになったときを考えて話している。
飼うために必要なものは餌と砂とおもちゃ以外揃っているけど、返事はまだ保留にしてほしいと伝えた。
…またひとりになるのは辛いから。
「引き止めちゃってごめんね。お疲れ様」
一礼してすぐ古書店のバイトに向かおうとしたけど、何か食べてからにしないと体力が持たない。
もう駅前のお店で夕飯を摂るのは難しいからどこへ行こう…なんて考えていると、喫茶店が目に入った。
「いらっしゃいませ」
「【グラタンとアイスティーください】」
「かしこまりました」
初めて入ったそのお店はとても静かで過ごしやすい。
奥の方の席に入れば他のお客さんと顔を合わせることもないからすごく気が楽だ。
冷えた体にグラタンと店員さんの温かさが沁みわたる。
「ありがとうございました」
バイト先まで楽しい気分で向かっていたものの、制服姿の女子高生たちを見た瞬間気分が落ちこんだ。
全然関係ない人たちだって分かっていても、怖くて指先が震える。
その場から逃げるように古書店へ入った瞬間誰かとぶつかった。
「あれ、桜雪ちゃん?」
顔をあげると、仕事用エプロンを付けた穂さんが立っていた。
「【ごめんなさい】」
「俺は大丈夫だけど…何かあった?」
「【ぼんやりしていました】」
「えっと…」
手話で伝えるのは難しくて、急いでメモ帳を取り出す。
「【ぼんやりしていて、前をよく見ていなかったんです。不注意でぶつかってしまいました】」
「俺の方こそごめん。ここのレイアウトを変えるのに夢中になりすぎてたんだ」
お店の奥の方にあるそのスペースはあまり目立たない場所で、誰かに目を向けてもらえるようにいつも色々なコーナーを設けている。
積みあがった本をひとりで並べるのは大変だろう。
それに、少しでも役に立ちたかった。
「【急いで着替えてくるのでお手伝いさせてください】」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夜紅の憲兵姫

黒蝶
ライト文芸
烏合学園監査部…それは、生徒会役員とはまた別の権威を持った独立部署である。 その長たる高校部2年生の折原詩乃(おりはら しの)は忙しい毎日をおくっていた。 妹の穂乃(みの)を守るため、学生ながらバイトを複数掛け持ちしている。 …表向きはそういう学生だ。 「普通のものと変わらないと思うぞ。…使用用途以外は」 「あんな物騒なことになってるなんて、誰も思ってないでしょうからね…」 ちゃらい見た目の真面目な後輩の陽向。 暗い過去と後悔を抱えて生きる教師、室星。 普通の人間とは違う世界に干渉し、他の人々との出逢いや別れを繰り返しながら、詩乃は自分が信じた道を歩き続ける。 これは、ある少女を取り巻く世界の物語。

道化師より

黒蝶
ライト文芸
カメラマンの中島結は、とあるビルの屋上で学生の高倉蓮と出会う。 蓮の儚さに惹かれた結は写真を撮らせてほしいと頼み、撮影の練習につきあってもらうことに。 これから先もふたりの幸せが続いていく……はずだった。 これは、ふたりぼっちの30日の記録。 ※人によっては不快に感じる表現が入ります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

約束のスピカ

黒蝶
キャラ文芸
『約束のスピカ』 烏合学園中等部2年の特進クラス担任を任された教師・室星。 成績上位30名ほどが集められた教室にいたのは、昨年度中等部1年のクラス担任だった頃から気にかけていた生徒・流山瞬だった。 「ねえ、先生。神様って人間を幸せにしてくれるのかな?」 「それは分からないな…。だが、今夜も星と月が綺麗だってことは分かる」 部員がほとんどいない天文部で、ふたりだけの夜がひとつ、またひとつと過ぎていく。 これは、ある教師と生徒の後悔と未来に繋がる話。 『追憶のシグナル』 生まれつき特殊な力を持っていた木嶋 桜良。 近所に住んでいる岡副 陽向とふたり、夜の町を探索していた。 「大丈夫。俺はちゃんと桜良のところに帰るから」 「…約束破ったら許さないから」 迫りくる怪異にふたりで立ち向かう。 これは、家庭内に居場所がないふたりが居場所を見つけていく話。 ※『夜紅の憲兵姫』に登場するキャラクターの過去篇のようなものです。 『夜紅の憲兵姫』を読んでいない方でも楽しめる内容になっています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

カルム

黒蝶
キャラ文芸
「…人間って難しい」 小さな頃からの経験により、人間嫌いになった翡翠色の左眼を持つ主人公・翡翠八尋(ヒスイ ヤヒロ)は、今日も人間ではない者たちと交流を深めている。 すっぱり解決…とはいかないものの、頼まれると断れない彼はついつい依頼を受けてしまう。 相棒(?)の普通の人間の目には視えない小鳥・瑠璃から助言をもらいながら、今日もまた光さす道を目指す。 死霊に妖、怪異…彼等に感謝の言葉をかけられる度、ある存在のことを強く思い出す八尋。 けれどそれは、決して誰かに話せるようなものではなく…。 これは、人間と関われない人と、彼と出会った人たちの物語。

夜紅譚

黒蝶
ライト文芸
折原詩乃(おりはらしの)は、烏合学園大学部へと進学した。 殆どの仲間が知らない、ある秘密を抱えて。 時を同じくして、妹の穂乃(みの)が中等部へ入学してくる。 詩乃の後を継ぎ、監査部部長となった岡副陽向(おかぞえひなた)。 少し環境は変わったものの、影で陽向を支える木嶋桜良(きじまさくら)。 教師として見守ると同時に、仲間として詩乃の秘密を知る室星。 室星の近くで日々勉強を続ける流山瞬(ながやましゅん)。 妖たちから夜紅と呼ばれ、時には恐れられ時には慕われてきた詩乃が、共に戦ってきた仲間たちと新たな脅威に立ち向かう。 ※本作品は『夜紅の憲兵姫』の続篇です。 こちらからでも楽しめるよう書いていきますが、『夜紅の憲兵姫』を読んでからの方がより一層楽しんでいただけると思います。 ※詩乃視点の話が9割を越えると思いますが、時々別の登場人物の視点の話があります。

処理中です...