ノーヴォイス・ライフ

黒蝶

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第16話*

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また助けられた。
「【焼き魚定食をください。飲み物はアイスティーでお願いします】」
「…【780円になります】」
耳が聞こえていないと思われたのか、店員さんが気遣ってメモに書いてくれた。
呼ばれても分からないだろうからと料理を席まで持ってきてくれて、本当に嬉しかった…はずなのに。
「ちょっと!」
私を指さして騒いでいる人は全然知らない人だった。
親切にしてくれた店員さんに申し訳なくて、もうこのお店には来られない、もう出ようと思ったときに穂さんが現れたのだ。
「ここの料理、やっぱり美味しい…。桜雪ちゃんはよく来るの?」
「…【今日が初めてです。いつもはこの近くにあるパン屋さんで食べています】」
「あのお店か。カルボナーラが美味しいよね」
言葉を形にし終わるまで待ってくれて、一緒にいても嫌な思いをしない。
「【どうして助けてくれたんですか?】」
嫌な思いをさせてしまうことは承知で思い切って疑問をぶつける。
穂さんは驚いた顔をしたけれど、優しく微笑んで答えた。
「これは俺が勝手に思ってることなんだけど、困っている人がいたらやれるだけのことをしたいんだ。傷ついている人って見てると大体分かるから、相手がどんなことに困っているのか知りたいって思ってる。
…手が届かないこともあるかもしれないけど、後悔したくない」
その言葉には何か裏があるような気がしたけれど、深くまでつっこむことはしなかった。
つっこんでしまったら、なんとなくこの楽しい時間を壊してしまう気がして怖かったのかもしれない。
「桜雪ちゃん、この後時間ある?」
穂さんの言葉に頷いて席を立つ。
トレイを返したところで店員さんが見送ってくれた。
とにかく感謝しかない。ただ、もうこのお店には独りで来ることはないだろう。
思いやりを持っている人が傷つく結果になるくらいなら、最初から私が行かなければいいだけだ。
「最近向こうの建物で猫の写真の展示会が始まったんだって。よかったら行ってみない?」
断ろうか迷ったものの、結局ついていくことにした。
猫は好きだし、なんとなく穂さんともう少し過ごしてみたいと思ったのだ。
「この猫、目が綺麗だね」
展示会には人があまり来ていなくて快適に過ごせた。
人を傷つける言葉は聞こえてこないし、穂さんが楽しそうにしているのを見ているだけで嬉しくなる。
ポストカードやキーホルダーを売っている場所もあって、しばらく楽しんだ。
ただ、ひとつ忘れていたことがある。
「どうしたの?」
「【そういえば、この前貸していただいた服ってどこで返したらいいですか?】」
走り書きだったものの、一応判別できるように書いたつもりだ。
穂さんも忘れていたみたいで、あっと小さく声が漏れた。
「通信制は日曜日が授業なんだっけ?…もしそれ以外でも旧校舎に来ることがあれば持ってきてくれる?
今日はこれから予定があるから、どうしても行かないといけないんだ」
「【ありがとう。楽しかったです】」
「こちらこそありがとう。またね」
買ったキーホルダーを渡せないまま終わってしまったのは残念だったけど、またすぐに会える。
……なんとなくそんなふうに思っているのはどうしてだろう。
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