17 / 74
第16話*
しおりを挟む
また助けられた。
「【焼き魚定食をください。飲み物はアイスティーでお願いします】」
「…【780円になります】」
耳が聞こえていないと思われたのか、店員さんが気遣ってメモに書いてくれた。
呼ばれても分からないだろうからと料理を席まで持ってきてくれて、本当に嬉しかった…はずなのに。
「ちょっと!」
私を指さして騒いでいる人は全然知らない人だった。
親切にしてくれた店員さんに申し訳なくて、もうこのお店には来られない、もう出ようと思ったときに穂さんが現れたのだ。
「ここの料理、やっぱり美味しい…。桜雪ちゃんはよく来るの?」
「…【今日が初めてです。いつもはこの近くにあるパン屋さんで食べています】」
「あのお店か。カルボナーラが美味しいよね」
言葉を形にし終わるまで待ってくれて、一緒にいても嫌な思いをしない。
「【どうして助けてくれたんですか?】」
嫌な思いをさせてしまうことは承知で思い切って疑問をぶつける。
穂さんは驚いた顔をしたけれど、優しく微笑んで答えた。
「これは俺が勝手に思ってることなんだけど、困っている人がいたらやれるだけのことをしたいんだ。傷ついている人って見てると大体分かるから、相手がどんなことに困っているのか知りたいって思ってる。
…手が届かないこともあるかもしれないけど、後悔したくない」
その言葉には何か裏があるような気がしたけれど、深くまでつっこむことはしなかった。
つっこんでしまったら、なんとなくこの楽しい時間を壊してしまう気がして怖かったのかもしれない。
「桜雪ちゃん、この後時間ある?」
穂さんの言葉に頷いて席を立つ。
トレイを返したところで店員さんが見送ってくれた。
とにかく感謝しかない。ただ、もうこのお店には独りで来ることはないだろう。
思いやりを持っている人が傷つく結果になるくらいなら、最初から私が行かなければいいだけだ。
「最近向こうの建物で猫の写真の展示会が始まったんだって。よかったら行ってみない?」
断ろうか迷ったものの、結局ついていくことにした。
猫は好きだし、なんとなく穂さんともう少し過ごしてみたいと思ったのだ。
「この猫、目が綺麗だね」
展示会には人があまり来ていなくて快適に過ごせた。
人を傷つける言葉は聞こえてこないし、穂さんが楽しそうにしているのを見ているだけで嬉しくなる。
ポストカードやキーホルダーを売っている場所もあって、しばらく楽しんだ。
ただ、ひとつ忘れていたことがある。
「どうしたの?」
「【そういえば、この前貸していただいた服ってどこで返したらいいですか?】」
走り書きだったものの、一応判別できるように書いたつもりだ。
穂さんも忘れていたみたいで、あっと小さく声が漏れた。
「通信制は日曜日が授業なんだっけ?…もしそれ以外でも旧校舎に来ることがあれば持ってきてくれる?
今日はこれから予定があるから、どうしても行かないといけないんだ」
「【ありがとう。楽しかったです】」
「こちらこそありがとう。またね」
買ったキーホルダーを渡せないまま終わってしまったのは残念だったけど、またすぐに会える。
……なんとなくそんなふうに思っているのはどうしてだろう。
「【焼き魚定食をください。飲み物はアイスティーでお願いします】」
「…【780円になります】」
耳が聞こえていないと思われたのか、店員さんが気遣ってメモに書いてくれた。
呼ばれても分からないだろうからと料理を席まで持ってきてくれて、本当に嬉しかった…はずなのに。
「ちょっと!」
私を指さして騒いでいる人は全然知らない人だった。
親切にしてくれた店員さんに申し訳なくて、もうこのお店には来られない、もう出ようと思ったときに穂さんが現れたのだ。
「ここの料理、やっぱり美味しい…。桜雪ちゃんはよく来るの?」
「…【今日が初めてです。いつもはこの近くにあるパン屋さんで食べています】」
「あのお店か。カルボナーラが美味しいよね」
言葉を形にし終わるまで待ってくれて、一緒にいても嫌な思いをしない。
「【どうして助けてくれたんですか?】」
嫌な思いをさせてしまうことは承知で思い切って疑問をぶつける。
穂さんは驚いた顔をしたけれど、優しく微笑んで答えた。
「これは俺が勝手に思ってることなんだけど、困っている人がいたらやれるだけのことをしたいんだ。傷ついている人って見てると大体分かるから、相手がどんなことに困っているのか知りたいって思ってる。
…手が届かないこともあるかもしれないけど、後悔したくない」
その言葉には何か裏があるような気がしたけれど、深くまでつっこむことはしなかった。
つっこんでしまったら、なんとなくこの楽しい時間を壊してしまう気がして怖かったのかもしれない。
「桜雪ちゃん、この後時間ある?」
穂さんの言葉に頷いて席を立つ。
トレイを返したところで店員さんが見送ってくれた。
とにかく感謝しかない。ただ、もうこのお店には独りで来ることはないだろう。
思いやりを持っている人が傷つく結果になるくらいなら、最初から私が行かなければいいだけだ。
「最近向こうの建物で猫の写真の展示会が始まったんだって。よかったら行ってみない?」
断ろうか迷ったものの、結局ついていくことにした。
猫は好きだし、なんとなく穂さんともう少し過ごしてみたいと思ったのだ。
「この猫、目が綺麗だね」
展示会には人があまり来ていなくて快適に過ごせた。
人を傷つける言葉は聞こえてこないし、穂さんが楽しそうにしているのを見ているだけで嬉しくなる。
ポストカードやキーホルダーを売っている場所もあって、しばらく楽しんだ。
ただ、ひとつ忘れていたことがある。
「どうしたの?」
「【そういえば、この前貸していただいた服ってどこで返したらいいですか?】」
走り書きだったものの、一応判別できるように書いたつもりだ。
穂さんも忘れていたみたいで、あっと小さく声が漏れた。
「通信制は日曜日が授業なんだっけ?…もしそれ以外でも旧校舎に来ることがあれば持ってきてくれる?
今日はこれから予定があるから、どうしても行かないといけないんだ」
「【ありがとう。楽しかったです】」
「こちらこそありがとう。またね」
買ったキーホルダーを渡せないまま終わってしまったのは残念だったけど、またすぐに会える。
……なんとなくそんなふうに思っているのはどうしてだろう。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
道化師より
黒蝶
ライト文芸
カメラマンの中島結は、とあるビルの屋上で学生の高倉蓮と出会う。
蓮の儚さに惹かれた結は写真を撮らせてほしいと頼み、撮影の練習につきあってもらうことに。
これから先もふたりの幸せが続いていく……はずだった。
これは、ふたりぼっちの30日の記録。
※人によっては不快に感じる表現が入ります。
約束のスピカ
黒蝶
キャラ文芸
『約束のスピカ』
烏合学園中等部2年の特進クラス担任を任された教師・室星。
成績上位30名ほどが集められた教室にいたのは、昨年度中等部1年のクラス担任だった頃から気にかけていた生徒・流山瞬だった。
「ねえ、先生。神様って人間を幸せにしてくれるのかな?」
「それは分からないな…。だが、今夜も星と月が綺麗だってことは分かる」
部員がほとんどいない天文部で、ふたりだけの夜がひとつ、またひとつと過ぎていく。
これは、ある教師と生徒の後悔と未来に繋がる話。
『追憶のシグナル』
生まれつき特殊な力を持っていた木嶋 桜良。
近所に住んでいる岡副 陽向とふたり、夜の町を探索していた。
「大丈夫。俺はちゃんと桜良のところに帰るから」
「…約束破ったら許さないから」
迫りくる怪異にふたりで立ち向かう。
これは、家庭内に居場所がないふたりが居場所を見つけていく話。
※『夜紅の憲兵姫』に登場するキャラクターの過去篇のようなものです。
『夜紅の憲兵姫』を読んでいない方でも楽しめる内容になっています。
夜紅の憲兵姫
黒蝶
ライト文芸
烏合学園監査部…それは、生徒会役員とはまた別の権威を持った独立部署である。
その長たる高校部2年生の折原詩乃(おりはら しの)は忙しい毎日をおくっていた。
妹の穂乃(みの)を守るため、学生ながらバイトを複数掛け持ちしている。
…表向きはそういう学生だ。
「普通のものと変わらないと思うぞ。…使用用途以外は」
「あんな物騒なことになってるなんて、誰も思ってないでしょうからね…」
ちゃらい見た目の真面目な後輩の陽向。
暗い過去と後悔を抱えて生きる教師、室星。
普通の人間とは違う世界に干渉し、他の人々との出逢いや別れを繰り返しながら、詩乃は自分が信じた道を歩き続ける。
これは、ある少女を取り巻く世界の物語。
カルム
黒蝶
キャラ文芸
「…人間って難しい」
小さな頃からの経験により、人間嫌いになった翡翠色の左眼を持つ主人公・翡翠八尋(ヒスイ ヤヒロ)は、今日も人間ではない者たちと交流を深めている。
すっぱり解決…とはいかないものの、頼まれると断れない彼はついつい依頼を受けてしまう。
相棒(?)の普通の人間の目には視えない小鳥・瑠璃から助言をもらいながら、今日もまた光さす道を目指す。
死霊に妖、怪異…彼等に感謝の言葉をかけられる度、ある存在のことを強く思い出す八尋。
けれどそれは、決して誰かに話せるようなものではなく…。
これは、人間と関われない人と、彼と出会った人たちの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる