ノーヴォイス・ライフ

黒蝶

文字の大きさ
上 下
4 / 74

第3話

しおりを挟む
制服に袖を通そうとしてぴたりと動きを止める。
そうだ、もうこの服着なくていいんだ。
悪目立ちするといけないから、カッターシャツと制服っぽく見えるズボンをはいて旧校舎へ向かう。
「それじゃ、収穫祭イベントの見回りについて会議をはじめます」
もう通信制の生徒なのにここにいるのは、通信制の役員になったからだ。
話さなくてすむものにしたかったから、先生に推薦してもらえた監査部員を断って会計補佐になりたいとお願いした。
ただ、行事のときの話し合いは出ないといけないらしくて、今日は書記も兼ねてここにいる。
「見回りは監査部でなんとかまわすから、後のことは頼んでも大丈夫かな?」
「分かりました」
この学校では定時制と通信制合同でイベントをすることが多い。
そこに昼間制の生徒が手伝いに来てくれるのだ。
会いたくない相手はいないし、本当に安心している。
「ごめん、俺話すの早くなかった?」
私のことを気にかけてくれたのは、監査部のバッジが光る制服を着た部長さんだった。
生徒会からも独立した権限を持った生徒主導の委員会であり、顧問の先生からの推薦がないと入れない監査部。
生徒だけじゃなくて教師も取り締まる場所だと先生から聞いて怖い人かと思っていたけど、ただの優しい人だって初めて会ったときから知ってる。
「陽向、その子は耳は聞こえてるから大丈夫だよ。速記すごいし、字は綺麗だし」
「え、そうなの?じゃあ桜良っぽい感じか…。分からないことがあれば俺とか先生とか穂に聞いてね」
ぱっと顔をあげると、昨日ぶりに会う人が立っている。
吃驚している私を見て夏霧さんは笑っていた。
「まさかこんなに会う機会が多いとは思ってなかったよ。桜雪ちゃん、会計?」
首を縦にふったのを見て、太陽みたいに微笑んでいる。
「そっか。俺は一応監査部員なんだ。まあ、色々あってあんまり積極的に参加してるわけじゃないけど…」
夏霧さんが着ているのは監査部長さんとは別の制服だ。
ということは、定時制なのだろうか。
心を読んだように彼は教えてくれた。
「一応併修生なんだ。たまに昼間授業を受けてたら、陽向がよくしてくれて…なんだかんだ友だちだと思ってる。
桜雪ちゃん、もしよかったらこの後一緒にご飯食べに行かない?」
出会って数日の相手にいきなりそんなことを言われても戸惑う。
それに、私と一緒にいたら嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
どう断ろうか考えていると、お腹が鳴ってしまった。
「……!」
「お腹空いてるんでしょ?一緒に行こうよ」
無理矢理連れて行こうという意思は感じないし、一緒にいてもいいだろうか。
荷物をまとめて小さく頷くと、ぱっと表情が明るくなった。
「それじゃあ、近くの喫茶店にしようか」
少し後ろを歩きながら、昼間制の誰かに見つからないことをひたすら祈る。
なんとか校舎の外に出られてほっとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...