ノーヴォイス・ライフ

黒蝶

文字の大きさ
上 下
3 / 74

第2話

しおりを挟む
「いらっしゃい。君が八坂桜雪さんかな?」
その夜、小さく頷いた私を店主さんは温かく迎え入れてくれた。
「接客は避けたいって話でしたね。えっと…中津君、今日は接客に入ってくれるかな?」
「分かりました!」
「翡翠君、ちょっと大変になるかもしれないけど仕事を教えてあげてもらえる?」
「分かりました。…よろしくね、八坂桜雪さん」
一礼すると、本がずらりと並べられた部屋に案内される。
「まずはこの梱包を解くところからなんだけど…夏霧君、見本を見せてもらえるかな?」
「俺で見本になりますかね…」
「大丈夫。この前だってしっかりできてたし、丁寧な人にお願いしたいんだ」
「分かりました」
大きな箱に隠れていたけど、聞こえてきた声は間違いなく昼間聞いたもので。
ひょっこり現れた男性も驚いた様子でこちらを見ていた。
「もしかしてふたりは知り合い?」
「まあ、そんなところです。…桜雪ちゃん、ちょっと見てて」
ぐるぐる巻きになっている本を1冊1冊丁寧に外していく姿は職人さんみたいで、やり方をメモしながら途中で見惚れてしまっていた。
「……とまあ、こんな感じでやると古書を傷つけないように開けられるんだけど…桜雪ちゃん?」
名前を呼ばれて顔をあげると、夏霧さんが少し困った顔をしてこちらを見ていた。
「もしかして、分からないところがあったり?」
慌てて首を横にふると、夏霧さんと翡翠さんがほっとしたように笑っていた。
「それならよかった。人に説明するの、あんまり得意じゃないから…」
「夏霧君は時々朝早くに入ってくれることもあって、いつも丁寧で早い作業をしてくれるんだ。
…今日はここまでにして、次のシフトでまた別の仕事を教えるね」
最後まで親切にしてくれたふたりにお礼を言って、スタッフルームに入る。
頑張って仕事を覚えて役に立てるようにならないと…なんて思いながら荷物をまとめたら、外で夏霧さんがぼんやり立っていた。
「桜雪ちゃん、お疲れ様。駅まで送ろうか?」
首を横にふると、夏霧さんはバイクをまたぐのをやめて私の少し後をついてきた。
この人は何をしたいんだろう。よく分からない。
「ごめん、説明不足だったね。ほら、夜道ってちょっと厄介なのが出たりするでしょ?
だけど、助けを呼ぶのも大変だろうと思って…途中まででも一緒に帰れたらいいなって思ったんだ」
どうしてそこまでしてくれるのか分からなかったけど、たしかにひとりで街灯が少ないこのあたりを歩くのは辛い。
「これだけ何度も会うなんて、きっと何かの縁だろうから…これ、受け取って。俺向こうだから、またね」
お礼の言葉も伝えられないまま、走っていくバイクを見送る。
真っ暗ななかで気持ちを伝えるのは難しい。
帰って確認してみると、渡された紙には住所と連絡先が書いてあった。
……こんなこと初めてだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夜紅の憲兵姫

黒蝶
ライト文芸
烏合学園監査部…それは、生徒会役員とはまた別の権威を持った独立部署である。 その長たる高校部2年生の折原詩乃(おりはら しの)は忙しい毎日をおくっていた。 妹の穂乃(みの)を守るため、学生ながらバイトを複数掛け持ちしている。 …表向きはそういう学生だ。 「普通のものと変わらないと思うぞ。…使用用途以外は」 「あんな物騒なことになってるなんて、誰も思ってないでしょうからね…」 ちゃらい見た目の真面目な後輩の陽向。 暗い過去と後悔を抱えて生きる教師、室星。 普通の人間とは違う世界に干渉し、他の人々との出逢いや別れを繰り返しながら、詩乃は自分が信じた道を歩き続ける。 これは、ある少女を取り巻く世界の物語。

道化師より

黒蝶
ライト文芸
カメラマンの中島結は、とあるビルの屋上で学生の高倉蓮と出会う。 蓮の儚さに惹かれた結は写真を撮らせてほしいと頼み、撮影の練習につきあってもらうことに。 これから先もふたりの幸せが続いていく……はずだった。 これは、ふたりぼっちの30日の記録。 ※人によっては不快に感じる表現が入ります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

約束のスピカ

黒蝶
キャラ文芸
『約束のスピカ』 烏合学園中等部2年の特進クラス担任を任された教師・室星。 成績上位30名ほどが集められた教室にいたのは、昨年度中等部1年のクラス担任だった頃から気にかけていた生徒・流山瞬だった。 「ねえ、先生。神様って人間を幸せにしてくれるのかな?」 「それは分からないな…。だが、今夜も星と月が綺麗だってことは分かる」 部員がほとんどいない天文部で、ふたりだけの夜がひとつ、またひとつと過ぎていく。 これは、ある教師と生徒の後悔と未来に繋がる話。 『追憶のシグナル』 生まれつき特殊な力を持っていた木嶋 桜良。 近所に住んでいる岡副 陽向とふたり、夜の町を探索していた。 「大丈夫。俺はちゃんと桜良のところに帰るから」 「…約束破ったら許さないから」 迫りくる怪異にふたりで立ち向かう。 これは、家庭内に居場所がないふたりが居場所を見つけていく話。 ※『夜紅の憲兵姫』に登場するキャラクターの過去篇のようなものです。 『夜紅の憲兵姫』を読んでいない方でも楽しめる内容になっています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

カルム

黒蝶
キャラ文芸
「…人間って難しい」 小さな頃からの経験により、人間嫌いになった翡翠色の左眼を持つ主人公・翡翠八尋(ヒスイ ヤヒロ)は、今日も人間ではない者たちと交流を深めている。 すっぱり解決…とはいかないものの、頼まれると断れない彼はついつい依頼を受けてしまう。 相棒(?)の普通の人間の目には視えない小鳥・瑠璃から助言をもらいながら、今日もまた光さす道を目指す。 死霊に妖、怪異…彼等に感謝の言葉をかけられる度、ある存在のことを強く思い出す八尋。 けれどそれは、決して誰かに話せるようなものではなく…。 これは、人間と関われない人と、彼と出会った人たちの物語。

夜紅譚

黒蝶
ライト文芸
折原詩乃(おりはらしの)は、烏合学園大学部へと進学した。 殆どの仲間が知らない、ある秘密を抱えて。 時を同じくして、妹の穂乃(みの)が中等部へ入学してくる。 詩乃の後を継ぎ、監査部部長となった岡副陽向(おかぞえひなた)。 少し環境は変わったものの、影で陽向を支える木嶋桜良(きじまさくら)。 教師として見守ると同時に、仲間として詩乃の秘密を知る室星。 室星の近くで日々勉強を続ける流山瞬(ながやましゅん)。 妖たちから夜紅と呼ばれ、時には恐れられ時には慕われてきた詩乃が、共に戦ってきた仲間たちと新たな脅威に立ち向かう。 ※本作品は『夜紅の憲兵姫』の続篇です。 こちらからでも楽しめるよう書いていきますが、『夜紅の憲兵姫』を読んでからの方がより一層楽しんでいただけると思います。 ※詩乃視点の話が9割を越えると思いますが、時々別の登場人物の視点の話があります。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...