夜紅譚

黒蝶

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第26章『新たな露』

第237話

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その夜。怯えた様子の彼女と小物の妖が姿を見せた。
《おまえか?俺と戦うなどという世迷い言を吐いた人間は》
「おまえが噂の卑怯者か」
《な、なんだと!?》
「自分では一切戦わない、やりたくないと思っている相手に命令だけする卑怯者。
…ああ、悪い。弱すぎて戦えなかったのか」
《貴様…この俺を侮辱して、ただですむと思うなよ!》
相手は特に武器を持っていないように見えるため、戦法が分からず若干戸惑う。
だが、相手にそれを悟られたら終わりだ。
「…私が勝ったらその子を解放してもらう。この同意書に署名しろ」
相手が説明書をしっかり読むタイプならどうしようかと思っていたが、そちらではなかったらしい。
すぐにサインだけして投げつけてきた。
《この役立たずを失う程度ですむなら安いもんだ》
「…その侮辱、絶対に後悔させてやる」
相手は勢いよく走ってきて、液体のようなものをかけてきた。
一瞬視界が歪み、立っているのが難しくなる。
「先輩!」
「絶対に近づくな。…毒か」
《そのとおり!見えている武器以外を使ってはいけないわけではないだろう?
観客を盛りあげるには体を張らないとなあ》
妖はげたげたと嘲笑っているが、やはり私の仕込みには気づいていないらしい。
…よかった。他のみんなが離れた場所にいてくれて。
《どうした!?攻撃しないと当たらないぞ!》
「…うるさい」
《はあ?》
「──動くな」
先生に頼んで仕込んでおいてもらった糸に札を絡ませていたものを撒き散らす。
「そのまま燃えろ」
《ぎゃあ!》
小さめの炎で妖力を削ぐ。
あとは破魔の矢を当てられればいい…そう思っていた。
「!?」
勢いよく目の前に飛んできた体に攻撃され、体勢を崩した。
《も、申し訳、ありませ…》
「…やっぱり卑怯者だな」
泣きながら刀を握る彼女の体を黒い何かが包みこんでいる。
…間違いない、妖力だ。
《はたして倒せるかな?》
下衆の嗤い声が耳に響いて煩い。
このまま放てば彼女ごと射抜いてしまう。
だからといってあの妖を見逃すわけにはいかない。
《さあ!俺にかけたこの糸を、》
「……少し黙れ」
懐に仕込んでおいたナイフを投げつけ、相手の足に命中させた。
その切っ先から炎がたちのぼる。
《いた、痛いい!》
穂乃に別場所に行ってもらっておいてよかった。
とてもじゃないが、こんな残酷な姿を見せられない。
「人の命をなんとも思わない下郎に負けたりしない」
《く、くそ…何故だ、俺の毒は完璧なはずなのに!》
相手の口数が減るまで、動けないところに札を投げるだけの単純作業と化した。
できるだけ何も考えないようにしていたが、わきあがる怒りを抑えられない。
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