夜紅譚

黒蝶

文字の大きさ
上 下
257 / 309
第24章『豊穣の巫女へ捧ぐ』

第211話

しおりを挟む
「いってきます」
「いってらっしゃい!」
白露に説明をすませ、久しぶりに大学棟へ顔を出す。
「あ、憲兵姫だ」
「おはよう」
「今日は対面で授業受けていくの?」
「いや。どうしても渡さないといけないものがあったから来ただけ」
「折角だし対面で受ければいいのに…」
須郷からはいつもそう言われるが、ここにはとても居づらい。
それに、大量の人間のなかにいると息が詰まる。
この感覚を表現するのは難しいが、とにかく他人に対する拒絶が強いようだ。
「ごめん。けど、他にも行かないといけない場所があるから」
話しかけてくれるのはありがたいけど、あくまで噂について調べに来ただけだ。
それに、今日は別の約束もあった。
「伴田」
「あ、詩乃さん!来てくれてありがとう」
芸術専攻クラスでずっと絵を描き続けている伴田雪絵とは、高校時代と変わらず綺麗な絵を完成させている。
「あの日の約束、ずっと守ってくれて嬉しいな」
「見ていて心が安らぐんだ。伴田の絵は素敵だな」
「詩乃さんにそう言ってもらえると嬉しいな」
伴田の表情は安堵と喜びが入り混じったものになっていた。
「そういえば、最近変な噂を聞かないか?」
「デザイン専攻の子たちが、豊穣の巫女の衣の糸で服を作ったら幸せに暮らせるとかなんとか話していたよ。
あと、メイク部門の子たちは巫女に化粧をすれば豊穣をもたらしてくれるって…」
まさかそんな内容で広まっているとは思っていなかった。
おどろおどろしいわけではないが、このまま放っておけば確実に脅威になる。
「教えてくれてありがとう」
「詩乃さん、よかったら、これ…。ただの栞だけど、お守り代わりにしてもらえたら嬉しいな」
「ありがとう。大切にする」
すすきを描いたのは誰か、聞かなくても分かる。
このままゆっくりしていたいが、そういうわけにもいかない。
大学棟を出ると、高等部の制服を着た生徒たちの話し声が聞こえる。
「つまり、その豊穣の巫女って人を捕まえたら一生安泰ってこと?」
「そうらしいぞ。今夜定時制の生徒に紛れて探してみようぜ」
相手が人間に対して憎しみしか持てなくなる行動を、何故そうも平然ととれるのか。
「先輩」
「陽向…」
「嫌なもん聞いちゃいましたけど、肩の力抜いていきましょ。じゃないと、夜ばてちゃいますよ」
「それもそうだな。陽向のところには何か情報は来たか?」
「嫌な話を耳にしたからきたんです」
陽向の顔は途端に曇り、他の生徒に聞こえないように小声で言った。
「豊穣の巫女の心臓を喰らえば不死身になれるらしい、みたいな話です。
妖たちならともかく、人間からこんな言葉が出るって異常じゃないですか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

君の記憶が消えゆく前に

じじ
ライト文芸
愛盗病…それは深く愛した人を一年かけてゆっくり忘れていく病気。発症者本人がそのことに気づけないため、愛を盗む病といわれている。 発症して、一年経つと、愛した人を完全に忘れてしまうとともに、発症者は命を落とす。 桜井美弥。僕の愛した唯一の女性。僕の人生から彼女が消えるなど…彼女の記憶から僕が消えるなど…考えたことすらなかった。

KAKERU 世界を震撼させろ

福澤賢二郎
ライト文芸
山奥から日本代表サッカーチームの合宿に乗り込んできた隆之介。 彼にはどうしても日本代表チームにならないといけない理由があった。 金とコネを使い代表チームの強化試合にでるチャンスを得た。 親友の夢。 それは日本代表としてワールドカップのピッチに立つ事。 その親友は才能に溢れ、体が健康であれば夢を叶えられたかもしれない。 亡くなった親友に代わり親友の夢を叶える為に空山隆之介はピッチを駆ける。

視えてるらしい。

月白ヤトヒコ
ホラー
怪談です。 聞いた話とか、色々と・・・ どう思うかは自由です。 気になった話をどうぞ。 名前を考えるのが面倒なので、大体みんなAさんにしておきます。ちなみに、Aさんが同一人物とは限りません。

未熟な蕾ですが

黒蝶
キャラ文芸
持ち主から不要だと捨てられてしまった式神は、世界を呪うほどの憎悪を抱えていた。 そんなところに現れたのは、とてつもない霊力を持った少女。 これは、拾われた式神と潜在能力に気づいていない少女の話。 …そして、ふたりを取り巻く人々の話。 ※この作品は『夜紅の憲兵姫』シリーズの一部になりますが、こちら単体でもお楽しみいただけると思います。

もう一度あなたに会うために

秋風 爽籟
ライト文芸
2024年。再婚したあの人と暮らす生活はすごく幸せだった…。それなのに突然過去に戻ってしまった私は、もう一度あの人に会うために、忠実に人生をやり直すと決めた… 他サイトにも掲載しています。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

ピアノの家のふたりの姉妹

九重智
ライト文芸
【ふたりの親愛はピアノの連弾のように奏でられた。いざもう一人の弾き手を失うと、幸福の音色も、物足りない、隙間だらけのわびしさばかり残ってしまう。】 ピアノの響く家には、ふたりの姉妹がいた。仲睦ましい姉妹は互いに深い親愛を抱えていたが、姉の雪子の変化により、ふたりの関係は徐々に変わっていく。 (縦書き読み推奨です)

勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼
ファンタジー
書籍化にあたりタイトル変更しました(旧タイトル:勇者パーティから追い出された!と、思ったら、土下座で泣きながら謝って来た……何がなんだかわからねぇ) 第11回ファンタジー小説大賞優秀賞受賞 2019年4月に書籍発売予定です。 俺は十五の頃から長年冒険者をやってきて今年で三十になる。 そんな俺に、勇者パーティのサポートの仕事が回ってきた。 貴族の坊っちゃん嬢ちゃんのお守りかぁ、と、思いながらも仕方なしにやっていたが、戦闘に参加しない俺に、とうとう勇者がキレて追い出されてしまった。 まぁ仕方ないよね。 しかし、話はそれで終わらなかった。 冒険者に戻った俺の元へ、ボロボロになった勇者パーティがやって来て、泣きながら戻るようにと言い出した。 どうしたんだよ、お前ら……。 そんな中年に差し掛かった冒険者と、国の英雄として活躍する勇者パーティのお話。

処理中です...