夜紅譚

黒蝶

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閑話『ひと夏の思い出を』

名も無き関係性

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瞬は随分頑張っているようだ。
俺が相手してやれればよかったが、そういうわけにもいかない。
「室星先生、こっちの資料ってこれで大丈夫ですか?」
「問題ないと思います」
「室星先生、文化祭の出店について相談がきているんですけど…」
「無理そうだと思ったら遠慮なくまわしてください」
監査部の報告書に文化祭の準備、理科教科全般の相談を受けつつ、小テストづくり…割とやることが多い。
「教師ってブラックだよね」
「中等部や初等部はこの数百倍忙しいぞ、多分」
瞬はラムネ瓶を持ってきて、俺にも飲むよう渡してくれた。
「今は中等部では先生してないの?」
「教科担任はやっているが、今年は担任はしていない。大学部の授業が増えたがな」
「どっちも忙しそうだね」
「まあ、仕事だからな」
人間と関わるには、ある程度忘れ去られるくらいが丁度いい。
「ところで、このラムネはどうした?」
「買った」
「いや、それは分かるが…」
「買ったというより、貰ったのかな?誰かに」
瓶をよく見ると、中に入っているビー玉が星の形になっている。
「…短冊に書いたのか」
「詩乃ちゃんが分けてくれたんだ。残りは処分するから、なんでも願い事を書いていいって」
書くと願いが叶う短冊の噂。
最終的に木嶋が噂を消滅させたようだが、事の顛末の詳細は折原から聞いた程度だ。
「そういえば、みんなで花火しようってひな君が言ってたよ」
「そうか」
「終わりそう?」
「もう終わった」
生徒が誰も来ないというのがありがたい。
…こうして話していても、瞬を傷つけずにすむ。
「先生?」
「なんでもない。…美味いな」
「そうだね。だけど、先生のかき氷には敵わないよ」
あれも懐かしい味だった。
たまたま商店で売っていたものを使っただけだが、あれだけ喜ぶとは思わなかったから。
「あ、先生!後で相手してください」
「分かった」
「ありがとうございます。…ちび、心配しなくてもおまえの先生をとったりしないから」
「なにそれ…」
岡副なりに気を遣ってくれたのだろう。
最近はふたりで話をする時間が減っていたし、そういうこともひっくるめて動くのが岡副だ。
「ねえ、先生」
「どうした?」
「…ありがとう」
「何が?」
「今日の朝ご飯、僕のトレーにだけキャラメルがのってた」
「…そうか」
きちんと届くよう配膳してくれたのか。
「先生の仕事の邪魔はしないから、また見ててもいい?」
「退屈じゃないか?」
「全然。先生の仕事姿、ちょっといいなって思うから」
この関係に名前はない。
それでも、この時間を心地よく思っているのは俺だけではないと信じてもいいだろうか。
「書類忘れたからとってくる」
「あ……」
飲み終えた後の瓶から透明の星を取り出し水洗いする。
それを瞬に渡し、職員室へ向かった。
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