夜紅譚

黒蝶

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閑話『ひと夏の思い出を』

懐かしい味

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「……寝不足か?」
「ううん。だって僕、死んでるし」
「それでも疲れるときは疲れるだろ」
先生を心配させるつもりじゃなかったのに、こういうとき上手く誤魔化せない。
「先生、ちょっといいか?」
「ああ。すぐ行く」
先生が出たのを確認して、こっそり食事をすませた。
このまま気まずくなるのは嫌だけど、やっておきたいことがあったから。
「ひな君、ちょっとつきあってくれない?」
「え、俺?先輩じゃなくて?」
「詩乃ちゃんはお仕事中だから…」
「分かった。何したらいい?」
断られると思ったのに、みんな優しい。
「鬼ごっこ」

「こんなハードとか聞いてないんだけど!?」
「だって言わなかったから、ね!」
詩乃ちゃんが多めに作ったからって分けてくれたゴム製のナイフ。
丁度包丁くらいの重さがあって、投げる練習にはなった。
ただ、相手がいてくれないとどれくらい命中するのか分からない。
僕はみんなと違って体力がある方でもないから、追いつくのに必死だ。
「ストップ!」
ぼんやりしたままゴムナイフを投げていると、ひな君が息を切らして倒れこんだ。
「ごめん。痛かった…?」
「一旦休まないと、流石に死ぬ…。というか、いつの間にロープ以外の命中率上げたんだよ、上手すぎだろ……」
僕も隣に座って休んでいたら、先生が近づいてきた。
「おまえら、ちょっといいか?」
「な、何か、トラブルですか?」
「いや。これ」
「かき氷…?」
そのシロップの色には見覚えがあった。
「ブルーハワイ…じゃないですよね?先生お手製ですか?」
「いや、市販のものを使った」
「ラムネ味…」
「え、ちび食べたことあるの?」
「うん。…昔、ちょっとね」

まだ生きていた頃、どうしてもあの場所に戻りたくなくて屋上に閉じこもっていた。
僕がいなくてもあの人たちは気づかないからいいだろうって思っていたんだ。
そんななか、先生だけは探しに来てくれた。
『やっぱりここにいたのか』
『いちゃいけなかった?』
『いけないってことはないが…取り敢えずこれ使え。あとこれ』
その日はすごく暑くて、熱中症になりかけていたらしい。
体が濡れてるからってタオルを渡してくれて、ついでだからってかき氷をくれた。
『もっと自分に気を遣うように』

「…好きなんだ、これ」
「そっか。…お、たしかに美味い」
先生も少し離れた場所で一緒に食べていて、なんだか懐かしくなった。
思い出したくないことも沢山あるけど、先生との想い出は幸せなものばかりだ。
「ひな君、これ食べたらもうちょっとつきあって。次は僕が逃げるから」
「分かった」
幸せの味、あの頃とは違う環境。
……幸せってこういうことをいうんだろうな。
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