夜紅譚

黒蝶

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第17章『名を奪う者』

第152話

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「先輩、それ…」
「今日は喫茶店と楽器屋の掛け持ちだったから、こういう組み合わせなんだ」
古くなったからと譲ってもらった譜面と、夜食にと善意で作ってくれた大量のホットケーキ。
「一旦お茶にしません?」
「…いや、私は行くよ。みんなはここで待機しててくれ」
ホットケーキを3枚別の皿にうつし、そのまま別場所へ向かう。
《……なんだ、律儀だな》
「約束したから」
《ついてこい》
ホットケーキを落とさないよう気をつけながら後を追い、銃を持ったままの背中に声をかける。
「単刀直入に訊かせてもらうけど、おまえはどっちなんだ?」
《…どっちとは?》
「名取幸太郎か、小林正次か」
男は無言で大鏡に銃を向けた。
あんなに百発百中なのに、手が震えている。
《何故その名前を知っている?》
「記事で読んだ。…入れ替わりで育つしかなかったって。ある事件で濡れ衣を着せられて逃げないといけなくなったんだろ?」
《……正次はいい奴だ。あんな家の奴らの為に必死に頑張ってきたんだ。
だが、それをよく思わない分家連中に消されたんだ。被害者はあの家の家政婦のアルバイトに来ていた子で、正次の恋人だ》
間違いない。この男は名取幸太郎だ。
「優しいんだな」
《…そう思うか?》
「おまえも優しい。相手もきっと素敵な人だったんだろうな」
《山村さんはいい人だった。俺みたいな一般家庭の人間にも優しかった。…正次は誰も殺していない。ましてや山村さんを殺すはずがない。
…それに、体が弱くて細っこいあいつが同い年の相手を運べると思うか?あんなに勉強づめにされていたあいつが…》
男は怒りを抑えきれなくなったのか、目の前の壁を撃った。
そこから視えるのは、真っ黒な怨霊の塊。
《名前を集めればどうにかなると思ってた。優しい正次に戻せるかもしれないって。
けどもう、疲れた。…あんたをここまで連れてきたのは、俺たちを終わらせてくれそうだからだ》
「どういう意味だ」
《…壊してくれ。何もできなかった俺のことも、どうしようもなくなったこいつのことも》
《エ、ア?》
銃を握った手を震わせながら、名取さんは真っ直ぐこっちを見つめてくる。
このままふたりを消すのが術者としては正解だろう。
だが、私は…
「私のやり方でやらせてもらう。それでいいな?」
《感謝する》
札をかまえ、怨霊の下半分を狙って投げつけた。
「──爆ぜろ」
《ギャア!ウ、ウウ……ゴウ、ダ、》
《何故仕留めない?》
「これが私なりのやり方だから」
《ゴウダ…ニガズウ》
勢いよく飛んできた巨大な腕は私の体を潰そうと動きはじめた。
《マサ、もうやめろ!もういいんだ》
《ゴウ、ダ…》
息が苦しい。
それでも、諦めるわけにはいかないんだ。
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