夜紅譚

黒蝶

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第17章『名を奪う者』

第149話

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小林正次だろうと予測しているが、それなら名取幸太郎が名前を集めている理由が明確にならない。
怨霊は黙って俯いたままだ。
「…もしかして、両方分からないのか?」
どちらも忘れてしまっているから名前を集めているのかもしれない。
そう思ったが、この問いかけが気に食わなかったようだ。
《ゴウダア…!》
「──燃えろ」
反射的に周囲を炎でつつんでしまったが、これでよかっただろうか。
相手を焦がさないよう調節しながらさらに距離をかせぐ。
《グ、ヘヘ…》
怨霊は狂ったように嗤い、そのまま姿を消した。
それが何を意味するのか分からないが、なんとなくとてつもないことがおこる気がする。
『先輩、聞こえますか?』
「陽向か。どうした?」
『実は今、目の前に大きな鏡があって…中から人の声がするんです』
「新校舎のどこだ?」
『2階西階段、小会議室前です』
「分かった。すぐ向かう」
走ろうとすると、突然右足から力が抜けた。
「こんなときに限って…」
先生から渡された杖を使ってなんとか辿り着くと、陽向が真っ青な顔で立っていた。
「せ、先輩、あれ…」
中の人間たちは全員表情が氷のように冷たい。
陽向の姿がうつっていないことから、本来の鏡としての役割を果たせなくなっているのが分かる。
「というか、先輩は顔だけうつってないですね。なんで…」
「私の名前が喰われはじめてるってことなんだろうな」
今は大学内だけだが、そのうちバイト先や他の場所でも私という存在が認識されなくなってしまうかもしれない。
「ここにいるのは、名前を奪われた人たちの形をした何かってことですか?」
「そういうことになるんだろうな。本人たちが部屋から出てこないという話もあったし、実際会えていないケースもある」
存在が鏡に閉じこめられてしまったと考えるより、奪われた名前が具現化していると考えた方が自然だ。
「こんなに名前を集めてどうするつもりなんですかね…」
「……これはあくまで私の勝手な憶測だけど、自分の名前がほしいんだと思う」
「どういう意味ですか?」
「本当の名前を隠して生きるしかなかったってことは、本当の名前を失うってことだ。勿論、名前を語られる側も名前が消えてしまう。
だったら、自分は何者なのか…そんな心理状態なんじゃないか?」
いきなり別の名前を名乗れなんて言われても、心が追いつくはずがない。
環境も全く違ったものになったなら尚更だ。
「銃の男に会えれば解決だが、会う方法が分からないからな…」
「明日も探してみましょう。…なんとなくですけど、早く解決しないといけない気がします」
「同感だ」
ふたりの成仏と名前を奪われた生徒たちの存在がかかっている。
どうにかしてやりたかったが、結局鏡にうつったものには何もできなかった。
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