夜紅譚

黒蝶

文字の大きさ
上 下
168 / 309
第16章『消えゆくもの』

第140話

しおりを挟む
陽向は苦笑しながらはっきり答える。
「…やっぱりふたりには隠し通せないか」
「何があったの?」
桜良の気迫はすさまじいものだった。
陽向は答えづらそうにしていたものの、少しずつ話しはじめる。
「先輩から聞いた情報を元に、色々と調べていたんです。俺も泡沫?に会いました。
けど、そこで不自由そうだって言われて反論したんです。そしたら攻撃してきて…」
「それが当たったの?」
「避けきれなかった。そのまま突っ立ってたら、多分胸のあたりに当たってたと思う」
ほぼ不死の体を狙っていたのか、心を狙っていたのか。
だが、ここで気になることがあった。
「本人は、相手の困りごとを解消したくて感情を奪っていたはずだ。だが、それが体に出ている」
「手を震わせていました。声をかけようとしたんですが、頭をかかえたまま消えてしまって…」
「噂が、書き換わりつつあるから…かもしれません」
桜良は少し話しづらそうにしながらも、必死に説明してくれた。
「全て奪って、人間を滅ぼす。桜が散る、前に、止められなかっ、たら…戻れない、という話、を、聞いたんです」
「知らなかった。教えてくれてありがとう桜良。陽向はここで待機。いいな?」
「分かりました」
「それじゃあ行ってくる」
旧校舎でしばらく時間を潰し、日が沈むのを待ってすぐ桜の木へ足を運ぶ。
そこにはたしかに頭を抱える泡沫の姿があった。
《私、違ウ、ワタ、シ……は、》
「泡沫」
《近づかナイで!》
涙を流しながらかざされた手から鞭のようなものが出現する。
我武者羅に振り回されるそれを避け、ナイフで切りながら間合いをつめていく。
「ごめん。人間たちが噂を捻じ曲げたばっかりに苦しい思いをさせて…」
《私ハ、ただ…》
「狭山という名前に聞き覚えはあるか?」
《狭山、さん……》
「おまえがただひとり待ち続けた相手の名前だ」
先生から聞かされた名前はそれだけだし、深碧が知っていたのも名字だけだった。
「生まれつき体が弱く、おまえを迎えに行く途中で命尽きたらしい」
《そう…そうだった。彼は、狭山さんはいつも薬を持ち歩いていて、私を大切にしてくれた。
桜の木の下で会おう、そこで待っているからと…。けれど、彼は現れず私は殺された》
桜良が持ってきてくれた新聞記事には、当主候補の娘が惨殺死体となって発見されたと書かれていた。
《もう会えないのね…》
泡沫の哀しみはそう簡単には消えないだろう。
それでも、少しは救われただろうか。
「相手はおまえのことをずっと心配していたんだと思う。…そのことは忘れないでくれ」
《そうね…そう信じたいわ》
花びらがどんどん散っていき、泡沫の姿も薄れていく。
──また来年と言い残して。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

人生の時の瞬

相良武有
ライト文芸
 人生における危機の瞬間や愛とその不在、都会の孤独や忍び寄る過去の重みなど、人生の時の瞬を鮮やかに描いた孤独と喪失に彩られた物語。  この物語には、細やかなドラマを生きている人間、歴史と切り離されて生きている人々、現在においても尚その過去を生きている人たち等が居る。彼等は皆、優しさと畏怖の感覚を持った郷愁の捉われ人なのである。

婚約者の恋人

クマ三郎@書籍発売中
恋愛
 王家の血を引くアルヴィア公爵家の娘シルフィーラ。  何不自由ない生活。家族からの溢れる愛に包まれながら、彼女は社交界の華として美しく成長した。  そんな彼女の元に縁談が持ち上がった。相手は北の辺境伯フェリクス・ベルクール。今までシルフィーラを手放したがらなかった家族もこの縁談に賛成をした。  いつかは誰かの元へ嫁がなければならない身。それならば家族の祝福してくれる方の元へ嫁ごう。シルフィーラはやがて訪れるであろう幸せに満ちた日々を想像しながらベルクール辺境伯領へと向かったのだった。  しかしそこで彼女を待っていたのは自分に無関心なフェリクスと、病弱な身体故に静養と称し彼の元に身を寄せる従兄妹のローゼリアだった……

天使のお仕事

志波 連
ライト文芸
神の使いとして数百年、天使の中でも特に真面目に仕えてきたと自負するルーカは、ある日重大な使命を授けられた。 「我が意思をまげて人間に伝えた愚かな者たちを呼び戻せ」 神の言葉をまげて伝えるなど、真面目なルーカには信じられないことだ。 そんなことをすれば、もはや天使ではなく堕天使と呼ばれる存在となってしまう。 神の言葉に深々と頭を下げたルーカは、人間の姿となり地上に舞い降りた。 使命を全うしようと意気込むルーカの前に、堕天使となったセントが現れる。 戦争で親を失った子供たちを助けるために手を貸してほしいと懇願するセント。 果たしてルーカは神の使命を全うできるのだろうか。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

笑わない妻を娶りました

mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。 同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。 彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

透明の「扉」を開けて

美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。 ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。 自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。 知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。 特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。 悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。 この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。 ありがとう 今日も矛盾の中で生きる 全ての人々に。 光を。 石達と、自然界に 最大限の感謝を。

愛に一番近い感情

小波ほたる
ライト文芸
脚本を仕事にする舞子は長く恋してきた同業の男性と今、両想いの関係にある。 はず。 なのに、自分たちの関係を進展させたいと一歩を踏み出した矢先に冷たく接されてしまった。 ショックを受けた舞子は彼と喧嘩をしたまま、ホンを手掛けた舞台作品の鑑賞に行き、そこで自分のことを気にかけるシルバーヘアの紳士と会う。 そのおじさまと話をするうちに、自分たちはお互いに似た不安や悔しさを抱えていることを察する舞子。静かな会話が終わる頃、「彼」との関係は…… 相手を思うあまりに不器用になり、焦がれるあまりに切なくなる。 愛と、それに近い何かは痛いけど、そこには優しさも必ずある。 第7回「ほっこり・じんわり大賞」エントリー作品。 7/1-7/10 までは朝と夕方の7時の一日二回、7/11-7/30までは朝7時の一日一回更新、7/30に完結します。 読んだあとはきっと、じんわり心が温かくなってます。 気に入ってくださった方は、ぜひとも投票をお願いします! Credits: 表紙は「かんたん表紙メーカー」 https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html

処理中です...