165 / 309
第16章『消えゆくもの』
第137話
しおりを挟む
《…泡沫様と呼ばれていたわね。昔は》
「そう呼んでもいいか?」
《様、なんて他人行儀は嫌いよ》
「なら、泡沫。おまえのことをもっと聞かせてくれ」
《聞かせてくれと言われても、これ以上話せることはないわ》
泡沫は今の噂をどう思っているのだろうか。
「噂、改変されているんだろ?」
《どうやらそうみたいね。自覚はないけれど、私自身も大切なことを忘れてしまっている気がするの》
「大切なこと…」
泡沫は寂しげな笑みを浮かべ、桜を見ながら頷く。
ようやく確認できたその姿は、この世の美しいもの全てを集めてもまだ足りないくらい儚いものだった。
《何を忘れているかも分からないのに、そんなふうに思うのは変かしら?》
「そんなことない。一緒に探すよ、私も」
《この花が散れば、次の春まで出てこられないわよ?》
「それでも探す」
《頑固な人ね…。でも、悪い人ではないことは分かった。それと、人間の感情を持ち去るときも気をつけるわ》
「そうしてもらえると助かる」
泡沫はただ桜を見つめている。
今にも消えてしまいそうなほど弱々しい様子を、ただ近くで見ていることしかできなかった。
「泡沫様、ですか?」
「本人はそう呼ばれていたと言っていたが、そういう事件や妖の話はあるか?」
「調べてみないと分からないですね…。けど、何もないってことはないと思います」
隣で話を聞いていた瞬が手をあげる。
「どうした?」
「昔、このあたりに大きなお屋敷があったらしくて…。そこの引きこもりのお嬢様がそんなふうに呼ばれてたはず」
「そうなのか?」
「先生から聞いた話なんだけど、ちょっと曖昧なんだ。好きな人と結婚したいから日中は部屋に引きこもって、親が決めた相手と顔を合わせないようにしてたって」
本当の想い人が分かれば、泡沫も少しは寂しくなくなるだろうか。
「あとは先生待ちか…」
「年度末で忙しいみたいだよ。さっきも書類作ってたし、あんまり寝てないみたいだし」
「なんだ、ちび。寂しいのか?」
「……ちょっと行ってくるね」
「ごめん、ちょっと待てって!からかうつもりじゃなくて、寂しいならそう言えばいいのにと思っただけで…」
監査室を飛び出した瞬を追いかけ、陽向もそのまま出ていってしまう。
気持ちを言葉にするのはそう簡単なことじゃない。
特に瞬が経験してきたことを考えると、私たちが感じているより何倍も難しいと感じているはずだ。
…陽向はそれを分かったうえで言ったんだろう。
追いかけようと立ちあがると、しゃらしゃらと鈴の音がした。
「……誰だ」
《──》
「おまえは、この前の…」
その少女は、いくつかの事件に関わっているであろう存在だった。
《もうすぐ、名前が奪われる》
「新しい噂が暴走するんだな」
《あの人を止めて》
「あの人って誰なんだ?どこへ行けばいい?」
《それは──》
そよ風にさらわれるように、少女は姿を消す。
開いていた窓から春風が桜の花びらを運んできた。
「そう呼んでもいいか?」
《様、なんて他人行儀は嫌いよ》
「なら、泡沫。おまえのことをもっと聞かせてくれ」
《聞かせてくれと言われても、これ以上話せることはないわ》
泡沫は今の噂をどう思っているのだろうか。
「噂、改変されているんだろ?」
《どうやらそうみたいね。自覚はないけれど、私自身も大切なことを忘れてしまっている気がするの》
「大切なこと…」
泡沫は寂しげな笑みを浮かべ、桜を見ながら頷く。
ようやく確認できたその姿は、この世の美しいもの全てを集めてもまだ足りないくらい儚いものだった。
《何を忘れているかも分からないのに、そんなふうに思うのは変かしら?》
「そんなことない。一緒に探すよ、私も」
《この花が散れば、次の春まで出てこられないわよ?》
「それでも探す」
《頑固な人ね…。でも、悪い人ではないことは分かった。それと、人間の感情を持ち去るときも気をつけるわ》
「そうしてもらえると助かる」
泡沫はただ桜を見つめている。
今にも消えてしまいそうなほど弱々しい様子を、ただ近くで見ていることしかできなかった。
「泡沫様、ですか?」
「本人はそう呼ばれていたと言っていたが、そういう事件や妖の話はあるか?」
「調べてみないと分からないですね…。けど、何もないってことはないと思います」
隣で話を聞いていた瞬が手をあげる。
「どうした?」
「昔、このあたりに大きなお屋敷があったらしくて…。そこの引きこもりのお嬢様がそんなふうに呼ばれてたはず」
「そうなのか?」
「先生から聞いた話なんだけど、ちょっと曖昧なんだ。好きな人と結婚したいから日中は部屋に引きこもって、親が決めた相手と顔を合わせないようにしてたって」
本当の想い人が分かれば、泡沫も少しは寂しくなくなるだろうか。
「あとは先生待ちか…」
「年度末で忙しいみたいだよ。さっきも書類作ってたし、あんまり寝てないみたいだし」
「なんだ、ちび。寂しいのか?」
「……ちょっと行ってくるね」
「ごめん、ちょっと待てって!からかうつもりじゃなくて、寂しいならそう言えばいいのにと思っただけで…」
監査室を飛び出した瞬を追いかけ、陽向もそのまま出ていってしまう。
気持ちを言葉にするのはそう簡単なことじゃない。
特に瞬が経験してきたことを考えると、私たちが感じているより何倍も難しいと感じているはずだ。
…陽向はそれを分かったうえで言ったんだろう。
追いかけようと立ちあがると、しゃらしゃらと鈴の音がした。
「……誰だ」
《──》
「おまえは、この前の…」
その少女は、いくつかの事件に関わっているであろう存在だった。
《もうすぐ、名前が奪われる》
「新しい噂が暴走するんだな」
《あの人を止めて》
「あの人って誰なんだ?どこへ行けばいい?」
《それは──》
そよ風にさらわれるように、少女は姿を消す。
開いていた窓から春風が桜の花びらを運んできた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

しゃんけ荘の人々
乙原ゆう
ライト文芸
春から大学に通うことになった鈴音の下宿先にと、従姉妹の美沙恵から紹介された「しゃんけ荘」。
坂の上にあるアパートは毎日の通学にはちょっと大変。大好きな美佐恵ちゃんのお勧めでもちょっと躊躇ってしまう。管理人さんは若い男の人だけど優しそうだし料理も上手だけど……
「橘さんがウチを下宿先に決めていただけたので花子も喜んでましたよ」
「「え!?」」
いつの間にそんな話になってるの??検討するんじゃなかったけ?
抜け目ない管理人に丸め込まれて鈴音のひとり暮らしが始まった。
よく気のつく人懐っこい男子高生やキレイな美容師のお姉さん、女嫌いのイケメンサラリーマン、シェパードの花子とノラネコのノラ等。
愉快な住人がおりなすほのぼのストーリーを章ごとにそれぞれの視点でおおくりします。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

鳴らない電話を抱き締めて
Saeko
ライト文芸
いくら待っても鳴らない電話
送ったメールの長さに反比例するかのような短い返信
付き合っているのに、一緒に帰る事も、週末のデートも無い
私だけが好きなんだと思い知らされた彼の裏切り
もう私 彼女辞めます
彼に裏切られ、恋を封印
夢を叶える為頑張る女子
澤木 里緒菜(16)
高校入試で里緒菜に一目惚れ
もう一度里緒菜を抱きしめる
為にやり直しを誓う男子
入間 聡(16)
もう一度お前の隣に立つ
お前を守れる男になる
だから、待っていて欲しい
必ず迎えに行くから
鳴らない電話を抱きしめて寝るのは
もう終わりにしよう

もう何も信じられない
ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。
ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。
その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。
「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」
あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。
【お詫び】読んで頂いて本当に有難うございます。短編予定だったのですが5万字を越えて長くなってしまいました。申し訳ありません長編に変更させて頂きました。2025/02/21

潔く死んでくれ
星人 孝明
ライト文芸
も希望も無く、ただ漫然と日々を過ごしていた少年、識知 誤(しきち あやま)。
そんな彼はある日突然、密かに想いを寄せていた幼馴染を失ってしまう。
ますますこの世に絶望する彼だったが、妙な通知が鳴り、【異能アプリ】という謎のアプリがインストールされていた事に気付き…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる