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第14章『冬女咲きほこる』
第121話
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《氷華様!》
つらら呼ばれた少女は、決して女性の手を離そうとしなかった。
その間にも周囲が凍りついていく。
『先輩、』
「逃げるつもりはない」
『でも…』
突然入った通信機の電源を切り、持っていた札をかざす。
「──燃えろ」
周囲の氷を焼き払えないほど弱ってはいないし、ふたりをそのままにしておけない。
…そして、誰も殺したくないという思いを踏みにじることも。
《どう、シて》
「優しい心の持ち主を殺すなんて、私にはできない」
ふりかかる氷をひらすら避け続けている間も、少女が話しかけてくれていた。
《私が知らない世界のことをもっと教えてくれるって、約束したではありませんか》
《う、ウう……》
全身が凍る前に決めなければならない。
「…一撃が限界か」
弓を構え、札を結びつけた矢を放つ。
「──爆ぜろ」
爆発音が鳴り響き、氷の檻が音をたてて溶けていく。
《あ……》
《氷華様!》
女性の力を削いだ影響か、彼女はその場に崩れ落ちる。
もうすっかり正気を取り戻したようで、背後から大きな音がした。
《そこから出られるわ。私はもう大丈夫》
「…そうか」
《あの…ありがとうございました》
「感謝されるほどのことはしてないよ」
《また遊びましょう》
「流石に凍るのは嫌だけど、ただ遊ぶだけならいつでも」
すっかり元通りになったチェス盤を一瞥してその場を後にする。
一瞬体に痛みがはしったが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
「な、なんだこれ!?え、どっから扉が…え?」
「待たせてごめん」
「いやいや、それは別にいいんですけど、その…足、大丈夫ですか?」
「問題ない」
このまま立って走りだしたら先生に半殺しにされるだろうからやらないけど、氷かけていた体はすっかり元通りだ。
「手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「無理してませんか?」
「してない」
弓道具一式は陽向に見えない場所に隠してあるし、これなら特に問題ないはずだ。
「そういえば、行方不明になってた人たちって戻ってきますかね…」
「氷像もなくなっていたから、おそらく明日には戻るはずだ」
「そうですか。よかった…。けど、最近凶暴化する噂が多いですね」
「そうだな」
今までなら和む噂がいきすぎることもあったが、ここ最近はずっと戦ってばかりだ。
それも、相手の意思が何者かに捻じ曲げられているパターンが多い。
「次の噂、多分バレンタイン関係になりますよね?」
「例年どおりならな」
「ちょっとでいいからおとなしくしてくれればいいのに」
「どんな噂が流れるんだろうな」
今回の件は別として、噂の凶暴化にはあの少女が関係しているのかもしれない。
仕事終わりの空はやけに暗く、気分を沈ませるには充分だった。
つらら呼ばれた少女は、決して女性の手を離そうとしなかった。
その間にも周囲が凍りついていく。
『先輩、』
「逃げるつもりはない」
『でも…』
突然入った通信機の電源を切り、持っていた札をかざす。
「──燃えろ」
周囲の氷を焼き払えないほど弱ってはいないし、ふたりをそのままにしておけない。
…そして、誰も殺したくないという思いを踏みにじることも。
《どう、シて》
「優しい心の持ち主を殺すなんて、私にはできない」
ふりかかる氷をひらすら避け続けている間も、少女が話しかけてくれていた。
《私が知らない世界のことをもっと教えてくれるって、約束したではありませんか》
《う、ウう……》
全身が凍る前に決めなければならない。
「…一撃が限界か」
弓を構え、札を結びつけた矢を放つ。
「──爆ぜろ」
爆発音が鳴り響き、氷の檻が音をたてて溶けていく。
《あ……》
《氷華様!》
女性の力を削いだ影響か、彼女はその場に崩れ落ちる。
もうすっかり正気を取り戻したようで、背後から大きな音がした。
《そこから出られるわ。私はもう大丈夫》
「…そうか」
《あの…ありがとうございました》
「感謝されるほどのことはしてないよ」
《また遊びましょう》
「流石に凍るのは嫌だけど、ただ遊ぶだけならいつでも」
すっかり元通りになったチェス盤を一瞥してその場を後にする。
一瞬体に痛みがはしったが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
「な、なんだこれ!?え、どっから扉が…え?」
「待たせてごめん」
「いやいや、それは別にいいんですけど、その…足、大丈夫ですか?」
「問題ない」
このまま立って走りだしたら先生に半殺しにされるだろうからやらないけど、氷かけていた体はすっかり元通りだ。
「手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「無理してませんか?」
「してない」
弓道具一式は陽向に見えない場所に隠してあるし、これなら特に問題ないはずだ。
「そういえば、行方不明になってた人たちって戻ってきますかね…」
「氷像もなくなっていたから、おそらく明日には戻るはずだ」
「そうですか。よかった…。けど、最近凶暴化する噂が多いですね」
「そうだな」
今までなら和む噂がいきすぎることもあったが、ここ最近はずっと戦ってばかりだ。
それも、相手の意思が何者かに捻じ曲げられているパターンが多い。
「次の噂、多分バレンタイン関係になりますよね?」
「例年どおりならな」
「ちょっとでいいからおとなしくしてくれればいいのに」
「どんな噂が流れるんだろうな」
今回の件は別として、噂の凶暴化にはあの少女が関係しているのかもしれない。
仕事終わりの空はやけに暗く、気分を沈ませるには充分だった。
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