夜紅譚

黒蝶

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第14章『冬女咲きほこる』

第117話

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「…見つけた」
「え?」
硝子の駒を掴み、予め用意しておいたケースに入れる。
それと同時に腰あたりが寒くなった。
「先輩?」
「ごめん、なんでもない。今夜はどのあたりを見回ろうか」
まだ話すわけにはいかない。
先生が内緒にしてくれているおかげで、特につっこまれることはなかった。
「それにしても、今夜は随分冷えますね」
「そうだな」
いくら冷えやすい旧校舎とはいえ、さほど雪も降っていないのにコートやマフラーなどをフル装備しなければならないのは珍しい。
白い息を吐きながら進んでいると、こんなところにあるはずがないものが存在していた。
「氷漬けの、花…?先輩、あれって何か分かります?」
「雪女の足跡と言われている花だ。たしか、火傷を治したり喉や手足の乾燥に効く薬があるって何かで読んだ」
摘み取ってしまっていいものか考えていると、背後で悲鳴が聞こえた。
「うわ!?」
「陽向?」
振り向くと、そこには誰の姿もない。
慌ててあたりを探していると、くすくすと嗤う女性の声が聞こえた。
《なんて可愛らしい…。小さいけれど悩みの種があるわ》
「誰だ」
《あら、身の程知らずは嫌いよ?》
勢いよく氷の粒が飛んできたが、なんとか回避した。
札を構えたが、氷漬けにされた陽向を盾にされて攻撃できない。
《あなたも悩みがあるのね。可哀想に…。それに、なんだか甘い匂いがするわ》
「そうか。私は美味しそうに見えるらしいからな」
《あなたの悩みが根深いからよ。この子の悩みは解決しそうだけど、あなたは違う。複雑なのね》
ふっと笑った妖は陽向をその場におろした。
《この子をくれたらあなたの悩みなんてすぐ吹き飛ばしてあげる。
この子はこのまま悩むことなく過ごせるし、一石二鳥だと思わない?》
相手が言い終わるぎりぎりのところで火炎刃を持ち出した。
「……もう1回言ってみろ」
《だから、この子を私にちょうだいって言って…》
相手の顔がみるみる青ざめていく。
《なあに、その気配。なんておぞましい…》
「そいつはようやく自分で出した答えを選択しようとしているんだ。
悩みを消し飛ばしてやる?どこまで上から目線なんだ」
妖の体を囲むように炎の和を出現させる。
「大事な仲間の命を売るほど落ちぶれてない。…そいつは返してもらう」
《ひっ…》
炎で体を押さえつけ、その間に陽向の元へ駆け寄る。
おそらくこの妖から離れられれば氷も溶けるはずだ。
体が痛むが、なんとかこらえて氷像と化した陽向を押した。
《待ちなさい。その子はもう私の、》
「──爆ぜろ」
火花が激しく散るなかをなんとか脱出し、中庭付近まで体を押した。
思ったとおり氷は溶けてきているが、背筋に冷たいものがはしる。
《オ姉さン、マダ?》
痛みのあまり声をあげそうになったものの、なんとかふんばる。
別々の噂がごちゃまぜになっていて、ふたりともすぐ近くにいる…これだけ困惑する状況はいつ以来だろう。
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