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第12章『甘美な声』
第93話
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「陽向、そっちはどうだ?」
『特に異常ありません。桜良も元気です』
「そうか」
その夜、私たちは旧校舎や演劇部の部室周辺を見回ることにした。
桜良にはできるだけひとりにならないように言ったので、今夜は陽向と一緒にいるはずだ。
『歌人さらい…って呼び方でいいか分からないんですけど、ほんとに出たらどうしますか?』
「私はそこまで上手くないから大丈夫だろう。…と、思う」
『いやいや、先輩上手いじゃないですか』
「陽向だって上手いだろう。資料整理しているときの鼻歌とか」
『え、そんなの聞いてたんですか!?知らなかった…』
陽向は時折、作業中楽しそうに鼻歌まじりで作業していることがある。
聞いたことがない曲もあれば洋楽のこともあったので、なんとなく思い出深かった。
『先輩』
「どうした?」
『進路は決まったんですけど、ちょっと相談してもいいですか?』
「何かあったのか?」
『実は…』
その先を聞くことはできなかった。
姿は見えないが、歌声が聞こえてきたからだ。
「…男子生徒と間違えてくれたか」
『どういうことですか?』
「ごめん。相談には必ずのるから、今は歌を追ってみるよ」
『歌?』
「聞こえないのか?」
陽向は唸るばかりで、本当に聞こえていないようだった。
吸いこまれそうになるほど美しい旋律に引き寄せられていく。
そのままふらふら歩いていると、封じられた痕跡のある古井戸の前へ辿り着いた。
『先輩、大丈夫ですか!?』
「封が解かれた井戸がある」
『じゃあ、声はそこからしてるってことですか?』
「多分。歌声が止まったけど、特に変化は──」
それまでただの枯井戸だったのに、泥水のような形状の穢れが半分ほどわきだしてきた。
『先輩?』
「私は大丈夫だ。けど、このままじゃクリスマスには溢れかえることになる」
『それって…桜良?』
がたんと大きな音がして、陽向の慌てた声がこだまする。
『桜良?桜良!』
「どうした?」
『桜良が突然気を失って…』
桜良は時々、夢で妖や贄として捧げられた少女たちから助けを求められることがある。
以前もそういったことがあり、今でも毎月花を供えているが今回は別場所だ。
「旧校舎第2会議室」
『使用禁止になってる会議室ですか?』
「ああ。私が今いるのはそこなんだ」
本来であればこんな場所に井戸なんてあるはずがない。
それでも、目の前に存在している。
『映像出せますか?』
「…残念ながら無理そうだ」
ずずず、と音がして真っ黒な装束を纏った少女がこちらに迫ってくる。
《おねが、止めテ…》
口から吐き出された血液のようなものが傷口に付着した瞬間、激痛がはしる。
《止メ、テ》
ぽろぽろと涙を零しながら少しずつ姿が消える彼女に声をかけた。
「約束するよ。何があったか調べて止めてみせる。…もう少しだけ待っててほしい」
『特に異常ありません。桜良も元気です』
「そうか」
その夜、私たちは旧校舎や演劇部の部室周辺を見回ることにした。
桜良にはできるだけひとりにならないように言ったので、今夜は陽向と一緒にいるはずだ。
『歌人さらい…って呼び方でいいか分からないんですけど、ほんとに出たらどうしますか?』
「私はそこまで上手くないから大丈夫だろう。…と、思う」
『いやいや、先輩上手いじゃないですか』
「陽向だって上手いだろう。資料整理しているときの鼻歌とか」
『え、そんなの聞いてたんですか!?知らなかった…』
陽向は時折、作業中楽しそうに鼻歌まじりで作業していることがある。
聞いたことがない曲もあれば洋楽のこともあったので、なんとなく思い出深かった。
『先輩』
「どうした?」
『進路は決まったんですけど、ちょっと相談してもいいですか?』
「何かあったのか?」
『実は…』
その先を聞くことはできなかった。
姿は見えないが、歌声が聞こえてきたからだ。
「…男子生徒と間違えてくれたか」
『どういうことですか?』
「ごめん。相談には必ずのるから、今は歌を追ってみるよ」
『歌?』
「聞こえないのか?」
陽向は唸るばかりで、本当に聞こえていないようだった。
吸いこまれそうになるほど美しい旋律に引き寄せられていく。
そのままふらふら歩いていると、封じられた痕跡のある古井戸の前へ辿り着いた。
『先輩、大丈夫ですか!?』
「封が解かれた井戸がある」
『じゃあ、声はそこからしてるってことですか?』
「多分。歌声が止まったけど、特に変化は──」
それまでただの枯井戸だったのに、泥水のような形状の穢れが半分ほどわきだしてきた。
『先輩?』
「私は大丈夫だ。けど、このままじゃクリスマスには溢れかえることになる」
『それって…桜良?』
がたんと大きな音がして、陽向の慌てた声がこだまする。
『桜良?桜良!』
「どうした?」
『桜良が突然気を失って…』
桜良は時々、夢で妖や贄として捧げられた少女たちから助けを求められることがある。
以前もそういったことがあり、今でも毎月花を供えているが今回は別場所だ。
「旧校舎第2会議室」
『使用禁止になってる会議室ですか?』
「ああ。私が今いるのはそこなんだ」
本来であればこんな場所に井戸なんてあるはずがない。
それでも、目の前に存在している。
『映像出せますか?』
「…残念ながら無理そうだ」
ずずず、と音がして真っ黒な装束を纏った少女がこちらに迫ってくる。
《おねが、止めテ…》
口から吐き出された血液のようなものが傷口に付着した瞬間、激痛がはしる。
《止メ、テ》
ぽろぽろと涙を零しながら少しずつ姿が消える彼女に声をかけた。
「約束するよ。何があったか調べて止めてみせる。…もう少しだけ待っててほしい」
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