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第7章『十五夜の戯れ』
第51話
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『詩乃先輩』
「大丈夫だ。けど、行っちゃったからもう話は聞けない」
『また天女なんですか?』
「いや、妖らしい。噂になっていることさえ説明できずに終わったよ。嵐のように去っていった」
インカム越しに色々な声が聞こえるが、穂乃の声が聞こえない。
「穂乃たちは一緒じゃないのか?」
『大丈夫、僕が一緒にいるよ。でも、さっき転んじゃったときにインカムが故障したみたいで…』
「転んだ?」
『大きい何かに追いかけられたんだ。ひとりかと思ったら分身して、ここから出ていけって…』
「その話、詳しく聞かせてくれ」
ぽたぽたと血が滴り落ちる腕を押さえたまま立ちあがる。
誰もいないことを確認して、旧校舎の保健室へ駆けこんだ。
「…やっぱり来たか」
まさか先生がいるとは思わなかった。
怪我したことを察知されていたのか、手際よく色々な道具が出てくる。
「折原妹が来る前に終わらせるぞ」
「ありがとう」
着替えは持ってきていたものに袖を通し、血だらけになったシャツを仕舞う。
「あれだけ深く切られて、痛まなかったのか?」
「痛かったけど、誰にも見つかりたくなかったんだ」
「…あまり無理するな」
「ごめん」
そういえば、先生なら風習についても詳しいはずだ。
名前を言えば知っていることを教えてもらえるかもしれない。
「先生は、異鈴って名前の妖を知っているか?」
「…やはりあいつか」
「知り合いなのか?」
「3,40年前、このあたりで雨が降らなくなった時期がある。そのとき舞っていたのを見た。
人間と異なる鈴のような声はおぞましい、という意味で異なる鈴と書いて異鈴と呼ばれている」
「さっき聞いた話とだいぶ違う」
大切にしてくれる人はいたけど、結局人間に裏切られた…というふうに受け取ったが、違ったのだろうか。
「本人はあんまり思い出したくないんじゃないか?匿って育ててくれた恩人を殺されて、その犯人に生贄として売られたなんて、言いたくないだろう」
「…そうか。やっぱり辛い過去を背負っているんだな」
しばらく沈黙が流れたのを打ち破ったのは、勢いよく開かれた扉の音だった。
「先生、穂乃ちゃんが怪我して…あ、詩乃ちゃん見つけた!ひな君が探してたよ」
「ありがとう。放送室に行ってみるよ。穂乃、無理せずゆっくり休め」
「うん。そうするね」
膝を擦りむいているのが目に入り、そっと頭を撫でる。
「痛むか?」
「ごめんなさい。迷惑かけたくなかったのに…」
「怪我をすることは誰にでもある。けど、命を懸けるようなことはしないでほしい」
「うん。気をつけます」
「インカムは直しておくから、こっちの予備を使ってくれ。事情は話しながら聞くから」
穂乃を先生たちに任せ、その場を離れる。
《…なあ》
頭上から声がして見上げると、白露が宙を舞っていた。
そして、衝撃的な言葉を告げられる。
《怪異の気配がする。おそらくもうひとりいるぞ》
「大丈夫だ。けど、行っちゃったからもう話は聞けない」
『また天女なんですか?』
「いや、妖らしい。噂になっていることさえ説明できずに終わったよ。嵐のように去っていった」
インカム越しに色々な声が聞こえるが、穂乃の声が聞こえない。
「穂乃たちは一緒じゃないのか?」
『大丈夫、僕が一緒にいるよ。でも、さっき転んじゃったときにインカムが故障したみたいで…』
「転んだ?」
『大きい何かに追いかけられたんだ。ひとりかと思ったら分身して、ここから出ていけって…』
「その話、詳しく聞かせてくれ」
ぽたぽたと血が滴り落ちる腕を押さえたまま立ちあがる。
誰もいないことを確認して、旧校舎の保健室へ駆けこんだ。
「…やっぱり来たか」
まさか先生がいるとは思わなかった。
怪我したことを察知されていたのか、手際よく色々な道具が出てくる。
「折原妹が来る前に終わらせるぞ」
「ありがとう」
着替えは持ってきていたものに袖を通し、血だらけになったシャツを仕舞う。
「あれだけ深く切られて、痛まなかったのか?」
「痛かったけど、誰にも見つかりたくなかったんだ」
「…あまり無理するな」
「ごめん」
そういえば、先生なら風習についても詳しいはずだ。
名前を言えば知っていることを教えてもらえるかもしれない。
「先生は、異鈴って名前の妖を知っているか?」
「…やはりあいつか」
「知り合いなのか?」
「3,40年前、このあたりで雨が降らなくなった時期がある。そのとき舞っていたのを見た。
人間と異なる鈴のような声はおぞましい、という意味で異なる鈴と書いて異鈴と呼ばれている」
「さっき聞いた話とだいぶ違う」
大切にしてくれる人はいたけど、結局人間に裏切られた…というふうに受け取ったが、違ったのだろうか。
「本人はあんまり思い出したくないんじゃないか?匿って育ててくれた恩人を殺されて、その犯人に生贄として売られたなんて、言いたくないだろう」
「…そうか。やっぱり辛い過去を背負っているんだな」
しばらく沈黙が流れたのを打ち破ったのは、勢いよく開かれた扉の音だった。
「先生、穂乃ちゃんが怪我して…あ、詩乃ちゃん見つけた!ひな君が探してたよ」
「ありがとう。放送室に行ってみるよ。穂乃、無理せずゆっくり休め」
「うん。そうするね」
膝を擦りむいているのが目に入り、そっと頭を撫でる。
「痛むか?」
「ごめんなさい。迷惑かけたくなかったのに…」
「怪我をすることは誰にでもある。けど、命を懸けるようなことはしないでほしい」
「うん。気をつけます」
「インカムは直しておくから、こっちの予備を使ってくれ。事情は話しながら聞くから」
穂乃を先生たちに任せ、その場を離れる。
《…なあ》
頭上から声がして見上げると、白露が宙を舞っていた。
そして、衝撃的な言葉を告げられる。
《怪異の気配がする。おそらくもうひとりいるぞ》
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