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第5章『星逢いの空』
第34話
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「私、あの子に触ろうとしたの。そのときうっかり手があたっただけ」
「それでその怪我か」
「あの子、空に帰りたくないんじゃないかしら」
「私もそう思う」
放送室に入ると、さざめが勢いよく土下座した。
《ごめんなさい。私が気をつけなかったから…。怪我をさせてしまって、申し訳ありません》
「別にそんなに謝られることじゃないわ。…ねえ、直球に訊いてもいい?」
《な、なんでしょう…?》
「あなた、天女たちにいじめられてたんじゃないの?」
結月に言われる前から予想はしていた。
人を怖がる様子や、相手の顔色をうかがっているような様子…本人は無意識だったんだろうが、なんとなく経験則で分かる。
《私が、ちゃんとできないだけで、》
「多分違うぞ、それ」
《え…?》
「試しにお茶を淹れてみてくれないか?」
《しかし、ここの道具の使い方は全然分からない…。見たことがないものばかりだし、壊してしまうかもしれない》
「私が教えるから、一緒にやってみよう。ついでにお菓子も用意するから」
《あ、ありがとうございます》
桜良は隣で教えながら、焼き菓子の用意も進めている。
「ちゃら男、まだ来ないのね」
「監査部が色々たてこんでいるんだ」
この時期は決算書類や警備の確保でどたばたしていたのが懐かしい。
今年度は人数が減っているため、さらに多忙を極めているはずだ。
「できました」
「ありがとう」
桜良のお菓子を食べていると、さざめがこちらに歩いてくる。
《お、お茶を淹れました》
「ありがとう。いただきます」
天女にこんなことをしてもらうのは失礼にあたるのかもしれないが、どうしてもさざめに自信を持ってほしい。
「…うん、美味しい」
《本当?》
「本当に美味しいよ。これのどこが不味いんだ?」
《あ、ありがとう…》
ぽろぽろと流れる涙に嘘はない。
やはりさざめはずっと嫌がらせを受けてきたのだろう。
周囲から否定され続け、自己肯定感を失った。
さざめの話を誰も聞かないし、揚げ足をとるような真似ができるなんて最低な奴等だ。
「今夜はこれで解散にしよう。桜良、悪いけど頼む」
「分かりました」
「お邪魔します!…って、あれ?もうお開きですか?」
「今夜は解散。明日までは何もできないから」
陽向が持っていた提出書類の半分を強引に受け取り、帰り際に立ち寄った旧校舎で仕事を終わらせる。
監査室の机に資料を置き、そのまま家路につく。
「ただいま」
それから穂乃の弁当を作れば大学の時間まであっという間だった。
「…いってきます」
穂乃の顔を見られないまま扉を閉める。
火炎刃を使いすぎたせいか若干疲労が溜まっているが、そんなことを言っていられる状況ではない。
誰も来ないであろう旧校舎の屋上で仮眠をとり、大学棟へ向かった。
「それでその怪我か」
「あの子、空に帰りたくないんじゃないかしら」
「私もそう思う」
放送室に入ると、さざめが勢いよく土下座した。
《ごめんなさい。私が気をつけなかったから…。怪我をさせてしまって、申し訳ありません》
「別にそんなに謝られることじゃないわ。…ねえ、直球に訊いてもいい?」
《な、なんでしょう…?》
「あなた、天女たちにいじめられてたんじゃないの?」
結月に言われる前から予想はしていた。
人を怖がる様子や、相手の顔色をうかがっているような様子…本人は無意識だったんだろうが、なんとなく経験則で分かる。
《私が、ちゃんとできないだけで、》
「多分違うぞ、それ」
《え…?》
「試しにお茶を淹れてみてくれないか?」
《しかし、ここの道具の使い方は全然分からない…。見たことがないものばかりだし、壊してしまうかもしれない》
「私が教えるから、一緒にやってみよう。ついでにお菓子も用意するから」
《あ、ありがとうございます》
桜良は隣で教えながら、焼き菓子の用意も進めている。
「ちゃら男、まだ来ないのね」
「監査部が色々たてこんでいるんだ」
この時期は決算書類や警備の確保でどたばたしていたのが懐かしい。
今年度は人数が減っているため、さらに多忙を極めているはずだ。
「できました」
「ありがとう」
桜良のお菓子を食べていると、さざめがこちらに歩いてくる。
《お、お茶を淹れました》
「ありがとう。いただきます」
天女にこんなことをしてもらうのは失礼にあたるのかもしれないが、どうしてもさざめに自信を持ってほしい。
「…うん、美味しい」
《本当?》
「本当に美味しいよ。これのどこが不味いんだ?」
《あ、ありがとう…》
ぽろぽろと流れる涙に嘘はない。
やはりさざめはずっと嫌がらせを受けてきたのだろう。
周囲から否定され続け、自己肯定感を失った。
さざめの話を誰も聞かないし、揚げ足をとるような真似ができるなんて最低な奴等だ。
「今夜はこれで解散にしよう。桜良、悪いけど頼む」
「分かりました」
「お邪魔します!…って、あれ?もうお開きですか?」
「今夜は解散。明日までは何もできないから」
陽向が持っていた提出書類の半分を強引に受け取り、帰り際に立ち寄った旧校舎で仕事を終わらせる。
監査室の机に資料を置き、そのまま家路につく。
「ただいま」
それから穂乃の弁当を作れば大学の時間まであっという間だった。
「…いってきます」
穂乃の顔を見られないまま扉を閉める。
火炎刃を使いすぎたせいか若干疲労が溜まっているが、そんなことを言っていられる状況ではない。
誰も来ないであろう旧校舎の屋上で仮眠をとり、大学棟へ向かった。
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