未熟な蕾ですが

黒蝶

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第9話

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《…そうだろうか》
「え?」
《周囲が見えていない人間というのは、もっと私利私欲で動くものだ。
だが、おまえを含めこの周囲にそんな人物は見当たらない》
人間の醜い部分なら嫌というほど見てきた。
だが、ここに来てからというものそんな悪いことばかりではないと思いはじめている自分がいる。
「でも、私がもっと強かったら…」
《力だけが強さではない。少なくとも、俺はそう思っている。焦る必要はない》
こういうとき、気の利いた言葉ひとつかけられないのが俺だ。
それでも無垢な主は真っ直ぐな瞳をこちらに向ける。
「…私、いつかもっと強くなれるかな?」
《それはおまえ次第だ。…だがまあ、そうなりたいという思いが1番大切なのではないか?》
「そっか。…そうだったらいいな」
持っていた鉄砲を仕舞い、いつものように花のような笑顔を向けられる。
「戻ろう。きっとお姉ちゃんにも心配かけちゃってるから」
《ああ》
「ありがとう。白露がいてくれてよかった」
《…そうか》
部屋へ戻ると、また見たことがない食べ物が置かれている。
近くにあった紙を見つめ、主はにっこり微笑んだ。
「白露、ホットケーキって知ってる?」
《それのことか?》
「正解。お姉ちゃんが食べていいって。この蜂蜜をかけると美味しいんだよ」
《おまえの分はどこにある?》
「私のはこれ」
真っ白な三角に卵焼きが添えられているそれは、俺のものより質素に見えた。
《…逆ではないのか?》
「違うよ。嫌なことがあったときとか、勉強や絵に集中しすぎたとき、いつもお姉ちゃんが用意してくれるんだ。
塩むすびと、チーズ入りの卵焼き。ふわふわで美味しいんだよ」
ようやくいつもの表情に戻った気がする。
一瞬であんな笑顔にできるなら、料理は術の一種ともいえるのかもしれない。
「冷めないうちに食べちゃおう」
《ああ》
一口食べただけで分かる。
まさかこれほどまでに甘いものだとは。
「どう?」
《…悪くない》
「よかった。…うん、やっぱり夜食はこれが1番好き」
主は笑顔で部屋へ向かい、しばらくして明かりが消える。
月に照らされる部屋をぼんやりと見つめていると、背後から迫ってくる気配を感じた。
「助かったよ。ありがとう」
《…別に、大したことはしていない》
「そうか。…ホットケーキ、どうだった?」
《甘かった》
「次はバターをひとかけのせておくよ」
その気配は人間とは若干違うものだが、夜紅は何者なのだろう。
俺が気にすることではないだろうが、おそらく主はこのことを知らない。
「それじゃあ行ってくる。何かあれば教えてくれ」
《了解した》
家を出る夜紅の背中を見送り、炊飯器というものを触ってみる。
俺に作れるものは殆どないが、朝食くらいならなんとかできるはずだ。
机に用意されているものを一瞥し、食べられそうなものを用意した。
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