カルム

黒蝶

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カルム

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あれから季節が少し進み、今はもう梅雨だ。
あのとき負った怪我は予想以上に酷いものだったらしく、足がまだ完治していない。
「すみません…」
「気にしないで!それよりも僕は今頼ってもらえることの方が嬉しいから」
中津先輩にはシェリから貰ったお守りについて話だけど、この話を聞いた彼女は役に立ててよかったと話していたらしい。
「あんまり無理しない方がいい」
「ありがとうございます」
山岸先輩にも相変わらずお世話になりっぱなしで、今日も話しかけてくれた。
今夜も仕事終わりに少しだけいつもの店に立ち寄ろう。それから…
『八尋』
「瑠璃?きてくれたのか」
『まあ、一応。小鞠は手鞠といっしょにいますし、ふたりだけで留守番できますから』
「…そうか」
あれからふたりも一緒に住んでいる。
悲しい思いをしたふたりに出ていけとは言いたくないし、今一緒にいられるのは嬉しい。
「少しだけ寄り道するんだ。一緒に来る?」
『パンケーキを分けていただけるなら行きますよ』
「なら決まりだな。その前に行きたい場所があるんだけど…」
『またあの場所ですか。本当に好きですね』
「ごめん。ありがとう」
何かの気配がして左眼を隠したままふりかえると、後ろから何かが近づいてくるのが見える。
恐らくあれは生きている人じゃない。生きている人なら、ここまで腕だけを使ってついてこられるはずがないからだ。
もしそうだとすると、今夜は仕事になるだろう。
『やれやれ、また厄介事ですか』
「困りごとなら放っておけないだろう?」
俺は相変わらず人間が嫌いだ。
それでも、人間じゃない人たちが必要としてくれる限り力になりたい。
そうして俺は、今日も1歩を踏み出す。
これでどうにかできるなら頑張ってみよう。
いつか翡翠より強くなって、心配されないくらいになる。
だからどうか、見守っていてほしい。
「…ちょっと行ってくるよ」
少しだけ残っていた廃墟のうちのひとつに花を添え、そのまま向こうに歩み寄る。
「こんばんは。何か困り事ですか?」



















……彼が知らない場所で、今夜も噂が蔓延っている。
「ねえ、白フードの男の噂って知ってる?」
「人間っぽいけど人間じゃなさそうな話?」
「うん。なんかまた被害者が出たらしいよ」
「狙われるのがほとんど男性っていうところが気になるよね。女性も何人か行方不明になってるらしいけど、どこで何人消えてるんだろ…」
「早く寝よ!怖くなってきちゃった」
「そうだね。こういう日はそれに限るか…。ただ、絶対に尋ねてくることがあるんだって」
「尋ねてくること?」
「左眼が緑の人間を知らないか、いつも訊いてくるみたい。無事だった子が知り合いで話してたの。
そのときの形相が鬼みたいだったから間違いないだろうって…」
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