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非力だった過去
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「翡翠」
『あら、また来たの?八尋は本当に元気ね』
「僕はただ翡翠に会いたかったんだ。この時間ならいると思って…これあげる」
『ありがとう。素敵な花のブローチね。大切にするわ』
子どもが作ったものをそんなふうに言ってくれる人なんてなかなかいない。
友人としてそれが嬉しくて、学校が終わると毎日通っていた。
休みの日はふたり分の弁当を作り、翡翠と食べるのが楽しみだったのだ。
「翡翠はいつか、ここじゃない場所に行っちゃうの?」
『分からないわ。私、自分が今どんな状態かよく分かっていないの。
もし誰かを不幸にしたら、そのときは黙って消えるかもしれないわね』
「いなくならないで」
本心だった。こんなことを言ったら困らせると分かっていたものの、どうしても気持ちを隠せない。
翡翠は考えておくと僕の頭を撫でてくれた。
「あのあたり、最近不作が続いているらしいな」
「畑が荒れてたって聞いたわ」
それから大人たちが騒がしくなった。
畑を荒らしているのは人間じゃないんじゃないか…そんな噂があたりに立ちこめる。
「最近変な噂が流れてるから気をつけてね」
『変な噂?』
「畑が荒れてるんだって。危ない人がいたら翡翠が襲われちゃうかもしれない」
『あなたは優しいのね。でも、私より八尋の方が危ないわ』
「僕は大丈夫。…また明日来るね。お弁当にはじゃこ入りの卵焼きを入れる予定だから、お楽しみに」
『気をつけて帰ってね』
「うん」
本当はあの場所になんかいたくない。
…預けられた先に居場所なんてなかったから。
翌日、いつもどおりふたりで昼食を摂る。
「どうだった?」
『あなたのお弁当はいつも美味しいわ。ありがとう』
「よかった…」
ほっとしたその瞬間、僕は翡翠に抱きしめられていた。
「翡翠…?」
『八尋、いいと言うまで伏せていて』
「分かった」
よく分からないまま頭を下げていると、光でできた矢が大量に降り注ぐ。
翡翠はかわしたり弾いたりしていたものの、何発か体に刺さっていた。
「翡翠!」
『無事?』
「僕は大丈夫だよ。だけど翡翠が…あの人たちは誰なの?」
『私も知らない人だわ』
「悪霊よ、そこまでだ!」
そんなことを言い出した人間は、白いフード姿で黒い本を握りしめていた。
紅い眼鏡をかけたかと思うと、まだこちらに向かって何かしてこようとしている。
「待って!彼女はそんなことしてない!」
翡翠の前に立ったけど、その頃の僕はあまりにも非力だった。
『…八尋。あなたが友だちでいてくれて嬉しかったわ。沢山話をしたり、ふたりで花かんむりを作ったり…とにかく楽しめた。
ありがとう。私がいてもよかったんだって初めて感じたわ。だから、これを持って逃げなさい』
「翡翠はどうするの?」
『私は後で追いかけるから…信じて』
その優しい笑顔に嘘が隠されていることに僕は気づかない。
少し後ろに下がると、翡翠からお守りを手渡される。
『悪人がほしいなら私がなってあげる。…さあ、どこからでもかかってきなさい!』
「俺はおまえを祓って一人前になる!」
離れた場所にいても聞こえた悲鳴に足がすくむ。
それでも確認せずにはいられず、お守りを握りしめたままその場に戻った。
『あら、また来たの?八尋は本当に元気ね』
「僕はただ翡翠に会いたかったんだ。この時間ならいると思って…これあげる」
『ありがとう。素敵な花のブローチね。大切にするわ』
子どもが作ったものをそんなふうに言ってくれる人なんてなかなかいない。
友人としてそれが嬉しくて、学校が終わると毎日通っていた。
休みの日はふたり分の弁当を作り、翡翠と食べるのが楽しみだったのだ。
「翡翠はいつか、ここじゃない場所に行っちゃうの?」
『分からないわ。私、自分が今どんな状態かよく分かっていないの。
もし誰かを不幸にしたら、そのときは黙って消えるかもしれないわね』
「いなくならないで」
本心だった。こんなことを言ったら困らせると分かっていたものの、どうしても気持ちを隠せない。
翡翠は考えておくと僕の頭を撫でてくれた。
「あのあたり、最近不作が続いているらしいな」
「畑が荒れてたって聞いたわ」
それから大人たちが騒がしくなった。
畑を荒らしているのは人間じゃないんじゃないか…そんな噂があたりに立ちこめる。
「最近変な噂が流れてるから気をつけてね」
『変な噂?』
「畑が荒れてるんだって。危ない人がいたら翡翠が襲われちゃうかもしれない」
『あなたは優しいのね。でも、私より八尋の方が危ないわ』
「僕は大丈夫。…また明日来るね。お弁当にはじゃこ入りの卵焼きを入れる予定だから、お楽しみに」
『気をつけて帰ってね』
「うん」
本当はあの場所になんかいたくない。
…預けられた先に居場所なんてなかったから。
翌日、いつもどおりふたりで昼食を摂る。
「どうだった?」
『あなたのお弁当はいつも美味しいわ。ありがとう』
「よかった…」
ほっとしたその瞬間、僕は翡翠に抱きしめられていた。
「翡翠…?」
『八尋、いいと言うまで伏せていて』
「分かった」
よく分からないまま頭を下げていると、光でできた矢が大量に降り注ぐ。
翡翠はかわしたり弾いたりしていたものの、何発か体に刺さっていた。
「翡翠!」
『無事?』
「僕は大丈夫だよ。だけど翡翠が…あの人たちは誰なの?」
『私も知らない人だわ』
「悪霊よ、そこまでだ!」
そんなことを言い出した人間は、白いフード姿で黒い本を握りしめていた。
紅い眼鏡をかけたかと思うと、まだこちらに向かって何かしてこようとしている。
「待って!彼女はそんなことしてない!」
翡翠の前に立ったけど、その頃の僕はあまりにも非力だった。
『…八尋。あなたが友だちでいてくれて嬉しかったわ。沢山話をしたり、ふたりで花かんむりを作ったり…とにかく楽しめた。
ありがとう。私がいてもよかったんだって初めて感じたわ。だから、これを持って逃げなさい』
「翡翠はどうするの?」
『私は後で追いかけるから…信じて』
その優しい笑顔に嘘が隠されていることに僕は気づかない。
少し後ろに下がると、翡翠からお守りを手渡される。
『悪人がほしいなら私がなってあげる。…さあ、どこからでもかかってきなさい!』
「俺はおまえを祓って一人前になる!」
離れた場所にいても聞こえた悲鳴に足がすくむ。
それでも確認せずにはいられず、お守りを握りしめたままその場に戻った。
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