カルム

黒蝶

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束間(つかのま)

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「小鞠、この子のことを覚えてないかな?」
手鞠を小鞠の顔の前に出してみると、しばらくじっと見つめていた。
やはり思い出すのは難しいだろうか…俯きかけたその瞬間、小さな声が響く。
『手、鞠』
「正解。思い出した?」
『ちょっとだけ』
「そうか」
『…この子、記憶がないの?』
「あの箱を開けたときから途切れ途切れだったんだ。俺たちにも原因は分からない」
『そう…』
噂を作り変え終わったものの、きちんとできたかどうかまでは分からない。
「人間を呪いたくなくなった?」
『ええ。さっきほどじゃなくなったわ』
「よかった…ひとまず安心だな」
ほっとひと息つけそうでその場に座りこむ。
『八尋?』
「ごめん。最近ずっと気を張ってたからかな…力が抜けた」
それに、まだ不安要素が全てなくなったとは言えない状態だ。
『小鞠…』
手鞠に名前を呼ばれても、小鞠はいまひとつぴんときていない様子のままだ。
首を傾げては微笑むというのを繰り返している。
「手鞠。よかったら君も一緒に来ないか?」
『でも、私は私が知らないうちに誰かを傷つけてしまったかもしれないわ。
そんな存在が一緒にいていいとは思えないの』
「少なくとも、俺はそうは思わない。本当に悪い人なら、君みたいに誰かのことを考えたりはしないだろうから」
堪えていたものが全て溢れたのか、手鞠はしくしく泣きはじめた。
目の前でいきなり大切な人を奪われ、訳も分からず人間たちを呪い続ける…それは彼女にとって辛いことだったはずだ。
『本当に、一緒にいてもいいの?』
「少なくとも、俺はありがたいよ。俺が知らない小鞠について教えてほしいし、君のことももっと知りたい。
勿論、君たちと一緒に暮らしていた人のことも」
『あの人はとんでもない人よ。滅茶苦茶で、いつもどこか抜けていて…だけど、すごく楽しかったの。
よく水飴を作ってくれて、それを3人で食べていたわ』
「そんなこともあったのか…」
手鞠は少しずつ話を聞かせてくれた。
初めて目を開けたときにいた工房のこと、その場所にいたのが創り主で動いた瞬間トンカチで破壊されそうになったこと、それから一緒に旅をしていたこと…。
ずっと楽しそうにしているけど、多分寂しいとも思っている。
『ところで、今更だけどその鳥さんは話せるの?』
『私は話せますよ。生まれてからずっとこうなのです』
「ふたりとも仲良くなれそうだな」
ひとまず今の場所を離れようということになり、そのまま見つからないように気をつけながら歩き出す。
なんとか話ができるようになってほっとしていた。
…まさかこんな状況になるとは思っていなかったから。
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