133 / 163
遭遇
しおりを挟む
「それじゃあ俺は仕事に行ってくるよ」
『今夜もおもりですか…』
「ごめん。だけど小鞠のことは瑠璃にしか頼めない」
『それも分かってはいるんですけどね…。何かあればすぐ連絡してください』
「ありがとう。いってきます」
できるだけ簡潔に告げて、手をふる小鞠と小さく息をひとつ吐いた瑠璃に笑いかける。
そうして俺はいつもどおり仕事先に出かけた。
「こんばんは」
「あ、八尋君!怪我の具合はどう?」
「おかげさまで、もうほとんどよくなりました。ありがとうございます」
中津先輩に声をかけられて、いつものように答える。
時々古傷が痛むが、それは彼が言っている怪我ではないので何も言わない。
「…今日は掃除してもらっていい?」
「いいんですか?」
「重いものを持つのは怪我に響く」
「ありがとうございます」
山岸先輩にも助けられたけど、ただ一言お礼を言うことしかできない。
「僕はそっちの方がいいと思うけど、今日は左眼隠してないんだね」
「あ…すみません」
思わず反射的に隠してしまう俺を見て、中津先輩はただ苦笑した。
「やっぱり隠さない方がいいと思うんだけどな…」
「このまま人前に立つのはちょっと抵抗があるので…すみません、失礼します」
掃除道具一式を持ち、その場を離れる。
お客さんはまだいなかったので、ひたすら掃除に没頭した。
前髪が乱れていないか不安になりながら隅の方で作業していると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「すみません、何かおすすめの本はありませんか?」
その声には聞き覚えがあって、顔を隠しながらレジの方を確認する。
あれから10年以上経つというのに、あの男の声は変わっていない。
白いフードに黒い本…顔は見えないから赤い眼鏡をかけているかは分からなかったものの、間違いなくあの男だ。
俺のことなんて向こうは覚えていないだろうけど、俺にとってあの男はただの殺人鬼と変わりない。
「今の時期、景色を楽しみながら読みたいのであればこちらが、長篇の場合はこちらがおすすめになります」
「それでは景色を楽しむ方にします」
「ありがとうございます」
顔を見られたくないし、一刻も早く男が立ち去ってくれることを祈る。
大切な人が目の前で散っていくのをただ見ていることしかできなかった無力な自分と、あの男が放った言葉を思い出す。
【庇うのなら君もあの化け物と同じだ。あれのどこがよかったのか知らないけど、あれはただの悪霊だよ】
あの人は最期まで弱い僕を護ってくれた。
今だって、あの人から受け取ったお守りのおかげで無事暮らせている。
それをあいつは化け物だと言って笑った。
僕のことだけなら許せたけど、あんなに優しくしてくれた人のことを嘲笑ったのだ。
できるだけ音をたてないように気をつけながら、早足でスタッフルームに入る。
左眼が疼くように痛んで、その場に座りこんだ。
『今夜もおもりですか…』
「ごめん。だけど小鞠のことは瑠璃にしか頼めない」
『それも分かってはいるんですけどね…。何かあればすぐ連絡してください』
「ありがとう。いってきます」
できるだけ簡潔に告げて、手をふる小鞠と小さく息をひとつ吐いた瑠璃に笑いかける。
そうして俺はいつもどおり仕事先に出かけた。
「こんばんは」
「あ、八尋君!怪我の具合はどう?」
「おかげさまで、もうほとんどよくなりました。ありがとうございます」
中津先輩に声をかけられて、いつものように答える。
時々古傷が痛むが、それは彼が言っている怪我ではないので何も言わない。
「…今日は掃除してもらっていい?」
「いいんですか?」
「重いものを持つのは怪我に響く」
「ありがとうございます」
山岸先輩にも助けられたけど、ただ一言お礼を言うことしかできない。
「僕はそっちの方がいいと思うけど、今日は左眼隠してないんだね」
「あ…すみません」
思わず反射的に隠してしまう俺を見て、中津先輩はただ苦笑した。
「やっぱり隠さない方がいいと思うんだけどな…」
「このまま人前に立つのはちょっと抵抗があるので…すみません、失礼します」
掃除道具一式を持ち、その場を離れる。
お客さんはまだいなかったので、ひたすら掃除に没頭した。
前髪が乱れていないか不安になりながら隅の方で作業していると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「すみません、何かおすすめの本はありませんか?」
その声には聞き覚えがあって、顔を隠しながらレジの方を確認する。
あれから10年以上経つというのに、あの男の声は変わっていない。
白いフードに黒い本…顔は見えないから赤い眼鏡をかけているかは分からなかったものの、間違いなくあの男だ。
俺のことなんて向こうは覚えていないだろうけど、俺にとってあの男はただの殺人鬼と変わりない。
「今の時期、景色を楽しみながら読みたいのであればこちらが、長篇の場合はこちらがおすすめになります」
「それでは景色を楽しむ方にします」
「ありがとうございます」
顔を見られたくないし、一刻も早く男が立ち去ってくれることを祈る。
大切な人が目の前で散っていくのをただ見ていることしかできなかった無力な自分と、あの男が放った言葉を思い出す。
【庇うのなら君もあの化け物と同じだ。あれのどこがよかったのか知らないけど、あれはただの悪霊だよ】
あの人は最期まで弱い僕を護ってくれた。
今だって、あの人から受け取ったお守りのおかげで無事暮らせている。
それをあいつは化け物だと言って笑った。
僕のことだけなら許せたけど、あんなに優しくしてくれた人のことを嘲笑ったのだ。
できるだけ音をたてないように気をつけながら、早足でスタッフルームに入る。
左眼が疼くように痛んで、その場に座りこんだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる