カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
116 / 163

小さな子

しおりを挟む
本来であれば何が目的か探るべきだと分かってはいるが、つい構いたくなってしまう。
「食べ物は食べられるのかな?」
『食べられるのかな?』
「自分でも分からないのか…ほら、口開けて」
ふわふわに仕上げたスクランブルエッグを相手が開いた口に入れると、彼女の表情は少し柔らかくなった。
『随分美味しそうに食べますね』
「俺も今そう思った」
持ち主がそうだったのか、本人がそれを食べて生活してきたのか…何はともあれ、美味しく食べてもらえるのは嬉しい。
『……』
「もしかして、もっと欲しい?」
人形がゆっくり頷くのを確認して、彼女の頭をそっと撫でた。
「そういうときは、おかわりって言うんだよ。…おかわり」
『おかわり』
「そうそう。上手に言えたね」
人形は楽しそうに笑いながら、座っていい子で待っている。
言葉を沢山覚えてほしいと少しわくわくしながら、彼女の様子をもう少し見守ることにした。
「…どうしよう」
『どうかされたんですか?』
「この子、ひとりで留守番できるのかな」
小さな疑問点ではあったが、もしひとりで置いていって寂しい思いをさせてしまったらと考えてしまう。
「瑠璃、今日は留守番を頼んでいいかな?」
『くれぐれも無理しないように』
「うん。ありがとう」
それから仕事へ行くものの、どうしても人形のことを考えてしまう。
あの子はどこからやってきて、どんな目的があるのか知りたい。
ただ、だんだん踏みこんではいけないような気がしてきている。
「八尋君」
「すみません、ぼうっとしてました」
「そんな日も必要だよ」
フォローしてもらってばかりで申し訳なく思っていると、たまたま通っていったお客さんたちが話しているのが聞こえてくる。
「人形屋敷からの遣いの話、知ってる?」
「何それ、そういうのもあるの?」
「最近流行ってる噂なんだけど、遣いはまだ言葉に詳しくなくて、少しずついろいろな物事を覚えていくんだって」
その言葉にだんだん胸がざわつく。
うちにいる人形がそのうちの1体である可能性はないだろうか。
「八尋君、やっぱり疲れてるんじゃ…」
「すみません。すぐに片づけ終わらせますね」
できるだけ手早く終わらせて、中津先輩に声をかける。
そして、時間があるときに買っておいたチョコレートを鞄から取り出した。
「この前はありがとうございました」
「こんなにもらえないよ…」
「先輩に食べてほしかったんです。よければもらってください」
「今度何かお礼させて」
中津先輩は笑いながらそんなことを言ってくれて、すぐに山岸先輩とどこかへ行ってしまう。
何かトラブルがあったのか気になりつつ家に帰ると、そこはちょっとした戦場と化していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし

佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。 貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや…… 脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。 齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された—— ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...