カルム

黒蝶

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「ただいま」
『今日は随分遅かったですね。もしかして、何か食べてきましたか?』
「うん。先輩たちが誘ってくれて…待たせてごめん」
『あなたが嫌な思いをしたわけではないならそれでいいのです。
或いは、また厄介事を抱えてきたのではと考えただけですから』
瑠璃の言葉には優しさが隠れていて、聞いているだけで心が温かくなる。
「今のところ、困りごとがある人は見つけてないよ」
『珍しいですね』
「これが普通なんだろうけど、俺にとって妖との暮らしは楽しいから…ちょっと寂しさもある」
沢山の妖や怪異、神様…人間ではない人たちと話をしてきたが、その全部が大事な時間なのだ。
『でしたら、たまには』
「だけど、俺には瑠璃がいてくれるし、人間は嫌いなんだ」
あのふたりが人間じゃないと知って、内心ほっとしていたのかもしれない。
恥ずかしい話だが、俺は本当に人間が苦手だ。
「それに、見た目は変えられない。だけど、できればこの左眼に傷がつくようなことはしたくないんだ」
『あなたは本当に変わっていますね』
「ごめん」
そんな話をしながらふたりで過ごせるのを、俺はいつからか楽しみにしている。
それだけでいい。強がりではなく、本当にこれさえあれば何もいらないのだ。
「少し休んだら食材を買いに行くけど、ついてくる?」
『邪魔にならないようでしたらお願いします』
「分かった。それじゃあ一緒に行こう」
それから2時間ほど眠り、朝早くから開いているお店へ急ぐ。
「すみません、これとこれと…」
全力で左眼を隠しながら、なんとか買い物を終える。
少しカフェにも寄ってみよう…なんて、かなり呑気なことを考えていた。
『今日のご飯はどうするんですか?』
「そうだな…」
目の前をちらっと横切ったその姿に、俺はただ呆然と立ち尽くす。
白いフードに眼鏡、黒い本…見間違えようがない。
『八尋?』
「ごめん、ちょっとだけあいつを追う」
できるだけ音をたてないように気をつけながら、少しずつ距離を詰めていく。
捕まえたいわけではないし、できれば接触は避けたい。
だがもし、あいつがおかしなことをしている証拠が掴めたら…俺だけでどうこうするのは難しいから、みんなに協力してもらうことになるだろうか。
『あの男が、あなたがずっと話していた男ですか?』
「そうだよ。つまらないでしょ、人間だし…」
『彼が人間だと断定するのは早いかもしれません』
「…どういうこと?」
瑠璃はとても言いづらそうに、ゆっくり口を開いた。
『あの男から感じる気配がおかしいのです。ただの人間にしては随分力が強い…。
ただ、だからといって人間以外にあんな気配が出せるのかと言われれば不可能だと思います。…とにかく不思議で危険なんです』
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