カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
94 / 163

土砂降りの

しおりを挟む
返答がないので、もう1度話しかけてみる。
「それに、こんなに雨が降っているのに傘をささないと風邪を引くよ」
相手は無言のままだったが、やがて小さく頷き小走りで病院に入っていった。
「待って!」
少年の持ち物であろう鍵を持ち、小走りで後を追う。
なかなか追いつけず、気づいたときには見失っていた。
「院内では静かにお願いします」
「すみません。さっき鍵を探している子がいたので渡したかったんですけど、見失ってしまって…。
多分15歳くらいの少年だったんですけど、もし持ち主が現れたら渡しておいてもらえませんか?」
人と話すのは苦手だが、こういう場合は何故かすらすら言葉が出てくる。
「分かりました」
「ありがとうございます」
看護師さんは不思議そうしていたが、やがてどこかへ歩き出す。
そういえば受付もすませていなかったと、俺はそのまま待合室へ向かった。
『まさかあれだけ酷いとは思いませんでした。瘴気で焼けたんだとは思いますが…』
「そもそも火傷だってことにさえ気づいてなかったから、悪化するのは当然だった」
『気をつけてください。さっきといい、あなたは無茶しすぎです』
「さっきって?」
何の話をしているのか意味が分からず、その場でただ首を傾げることしかできない。
『それは…』
「ごめん。ちょっと急がないといけなくなった」
『八尋?』
先程の少年がこちらを見つめ、ついてくるよう手招きする。
「待って!」
どこへ行くつもりかは分からないが、なんとなくついていかなければならないような気がして自然と早足になる。
そのまま追いかけていると、突きあたりを曲がっていった。
その部屋には驚くほど物がなく、ただベッドに少年が座っている。
…俺は来てはいけない場所に入ってしまったのか。
「君が探していた鍵、看護師さんに預けたんだ。見つけられたのに、ちゃんと届けられなくてごめん。
ただ、病院の中ではあんまり走らないようにした方がいい。人が多くて危ないから」
彼の手を握り、一礼して部屋を出ようとする。
だが、扉は固く閉ざされていて押しても引いても開かなかった。
『…バスで聞いた噂、覚えていますか?』
「ああ。病院の部屋に入ったらどこかに連れて行かれてしまうって…」
そこまで話して背筋が凍る。
どの病院か分からなかったが、もしそれがこの場所を指しているなら俺たちはどうなるだろう。
「ごめん、そういうことか」
『まったく、あなたという人は…』
「本当にごめん」
独りだったならともかく、瑠璃を巻きこんでしまっている以上なんとか家に戻らなければならない。
少年に話しかけようとすると、彼はぽつりと呟いた。
『雨が止むまでここにいて。そうすればちゃんと元の場所に出してあげるから』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ノーヴォイス・ライフ

黒蝶
恋愛
ある事件をきっかけに声が出せなくなった少女・八坂 桜雪(やさか さゆき)。 大好きだった歌も歌えなくなり、なんとか続けられた猫カフェや新しく始めた古書店のバイトを楽しむ日々。 そんなある日。見知らぬ男性に絡まれ困っていたところにやってきたのは、偶然通りかかった少年・夏霧 穂(なつきり みのる)だった。 声が出ないと知っても普通に接してくれる穂に、ただ一緒にいてほしいと伝え…。 今まで抱えてきた愛が恋に変わるとき、ふたりの世界は廻りはじめる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...