カルム

黒蝶

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異様な光景

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「今日お店で話してる人たちにそんな噂を知ってる人、いなさそうだったんだ。
いつもだったら噂好きなお客さんたちが話してるはずなんだけど、そんな声は聞こえてこなかった」
『今日は奥の部屋で本の整理をしていたのでは?』
「それはそうなんだけど…って、なんで知ってるの!?」
『やはり小窓に近づいたことにさえ気づいてなかったんですね』
「…ごめん」
目の前のことに集中してしまうと、いつも周りが見えなくなってしまう。
『あなたらしいですね』
「それっていいことなのかな…」
『ひとつのことに集中できるという点では長所だと思います』
「それならいいけど…ああ、もしかしてあれ?」
自分でも驚くほど冷静だった。
少し離れた場所に、ずるずると斧を引きずる何者かの姿が視える。
たしかにその体には首から上がないようだが、聞いていたものよりずっと寂しそうに感じるのは何故だろう。
『く、く、く、び……』
どうやらまだこちらに気づいてはいないらしいが、本当に彼が人間を傷つけているのだろうか。
『……ろ、の。ずぐ、ず、ぐ……』
ここでどうするのが得策か分からない。
ただ、その人物は目の前から忽然と姿を消した。
「もう6時前だからか」
『陽を嫌う者のようですね』
「…本当はきっと、無差別に人を襲いたいわけじゃないんだろうな」
なんとなくではあるものの、直感的に理解する。
あの人は誰かを探していて、その人の為に首を探しているのだ。
会いに行く為に自分のものを探しているにしては違和感がある。
「…ああいう事件がなかったか、帰って調べてみるよ」
『怖くないんですか?』
「全然。何か目的があるなら知りたいけど、下手に話しかけると大変なことになりそうだから」
俺自身は決して強いわけじゃない。
瑠璃が危険な目に遭う可能性だってあるのに、ずかずかといきなり話しかけるのは失礼だろう。
ただ、噂の出どころは気になる。
これだけ残酷な噂が広まるとなるとかなり厄介だ。
『八尋』
「どうかした?」
『どうしてあなたは、いつも噂が広がる前に手を打とうとするんですか?人間のことが好きなわけでもないのに、どうしてそこまで…』
「俺はただ、苦しむ人を見たくないからやってるんだ。やりたいようにやっても、迷惑にはなってないだろ?」
『わざわざ危険に飛びこむような真似をしなくても、誰かがやってくれますよ』
「…その誰かが優しいとは限らない」
『え?』
「なんでもない。ただ、俺はやりたいからやってるんだ」
誰かを待っているだけじゃ、あの人みたいな目に遭う人が出てきてしまう。
俺はそれが嫌で、出来る限りのことをやっているだけなんだよ。
…なんて、口が裂けても言うつもりはない。
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