カルム

苦痛

【あんたなんか産まなきゃよかった！】
思いきり殴られる少女の姿は見覚えがある。
…そうか、これは絆の記憶だ。
彼女はふらふらと立ちあがり、そのまま外へ出てしまった。
『こんにちは。今日もいたんですか？』
『うん！僕、電車が1番好きだから』
『ひとりでいたら危ないですし、僕も一緒にいていいですか？』
『勿論！お姉さん大好き』
『ありがとうございます』
あの小さな子が、先程話していたあの子と呼んでいた人物だろうか。
『できるだけ早くおうちに帰るようにしてくださいね』
『うん。お姉さん、またね！』
両手をふる無邪気な少年に手をふりかえし、死角になる場所で絆は自らの首に刃物を突き立てた。
包丁を持つ手が震えている。
『僕なんて、いなければいい…』
そのとき、踏切が降りて音がした。
彼女の視線は真っ先に先程の少年に向けられたが、遊ぶのに夢中なのか気づいていない。
『…どうせ最後になるなら、誰かの役に立ちたい』
持っていた包丁をその場に投げ捨て、全速力で線路に向かって走る。
遊んでいる男の子に、どんどん近づく電車…それを最期に、彼女の視界は真っ黒になった。


『あの、僕…」
「…思い出した？」
『なんとなくは」
「そうか。ちょっと待ってて、君が気になっていたことを調べるから」
踏切での事故なら、つい最近もあったはずだ。
【電車通過の際に起こった悲劇！少女男児庇ったか】
「この記事が絆について書かれたものだ。男の子は無事だったみたいだよ」
『そうでしたか。よかった…というのが半分、まだ放置されるのかというのが半分です」
絆は苦しそうな表情でこちらを見つめている。
「男の子のことが気になる？」
『はい。僕がこんな口調でも、あの子だけは一緒に遊ぼうと話しかけてくれたんです。
できれば僕も力になりたかったのに、もうそれさえできないんですね」
「…この場所は、ここから少し離れた踏切だと思う。今から行ってみる？」
『でも、あなたはまだ具合が悪いんじゃ…」
「解熱剤、効いてきたみたいだし…今なら動けると思う」
彼女に未練があるとすれば、男の子のその後だ。
だが、流石にそこまでは記事になっていない。
確かめに行ったところでもう引っ越しているか病院にいる可能性が高いが、このまま放っておくわけにもいかないだろう。
「今夜は仕事も休みになったから、俺でよければつきあうよ」
『ありがとうございます…！」
少し離れた場所で瑠璃が心配そうにこちらを見ていたのは分かったが、大丈夫だからと口を動かす。
ついてきてくれるらしく、彼女は小さく羽ばたいた。
『あの子、いますかね…」
「どうだろうね…」
いるともいないとも断言できない状況で、俺はただ1歩踏み出す。
……その背後からついてくる存在に気づかないまま。