71 / 163
蔓延るもの
しおりを挟む
「そうか、ひきこさんか…」
彼が雨の日にしか会えないと話した理由を理解した。
『それがあなたに取り憑いたものですか』
「まあ、うん。そんな感じだと思う」
自分でも完全に姿を捉えたわけではなかったので、いまひとつ確証が持てていない。
だが、それより今はひきこさんについて気になる。
「数年前に流行った噂と変わったところはなかった?」
『はい。確認したところ、出現条件に変化はありませんでした』
「分かった、ありがとう」
それはつまり、雨の日まで彼女には会えないということになる。
「もうすぐ仕事だし、少し出てくるよ。君はこの部屋にいて。ついでにちょっと情報を集めてくる」
『…俺が気味悪くないのか?』
「ただ、怪我が痛そうだとしか思わなかった。その包帯、巻き直した方がよさそうだから…触ってもいい?」
『構わん、好きにしろ』
「ありがとう」
彼にとってはこの包帯そのものに意味があるのだろう。
着ている服からして今より前の時代から生きているはずだ。
それを考えると、この包帯は新しすぎる。
「多分これで解けないと思う」
『…昔』
「ん?」
『昔、夕が巻いてくれたものなのだ。それ故、これを捨てようとは思えなかった』
「…そうか。大切なものなんだな」
並べられた不器用な言葉だけで、まだ名前すら知らない妖の気持ちを少しだけ理解できたような気がした。
「それじゃあいってくる。部屋は荒らさないでもらえるとありがたいかな」
『…大人しくするのは苦ではない』
昨日は先輩たちにも迷惑をかけたはずだ。
早く解決したいところではあるが、今夜はもう時間が遅い。
それに、こんなに晴れていては彼女は現れないだろう。
『八尋、ひとついいですか?』
「俺に答えられることなら」
『…最近、こういうパターンが増加している原因に心当たりがあるのではありませんか?』
「無いわけじゃないけど、もう少し待ってほしい。誰にでも話せることじゃないんだ」
『あなたはすぐ独りで抱えるので心配です』
「…ごめん」
本屋に向かいながら、瑠璃が肩の上で不服そうにしている。
ただ、やはりあの白フードの男については話せない。
「こんばんは」
「八尋君、大丈夫?」
「はい。昨日はすみませんでした」
カフェに行くのがいいか、それともこのまま仕事をしていれば噂が入ってくるか…。
「そういえば、最近なんか新しい都市伝説流行ってない?」
「そうそう、ひきこさん!懐かしいよね…」
「なんだっけ?雨の日に襲われて行方不明になるみたいなやつだよね?」
「でも、今回のはちょっと違うらしいよ。傘をさしてるのは相変わらずみたいだけど、襲ってくるのは女性なんだって!しかも、顔を確認できた人は誰もいないらしいよ。
前のときは引きずられた影響で血だらけで体中裂けてたって話だったはずなんだけどね」
「そうなんだ…念の為気をつけよう」
…噂好きのお客さんが多いのは本当に助かる。
瑠璃が外で待ってくれているのを確認してから、掃除をしつつ密かにメモをとった。
彼が雨の日にしか会えないと話した理由を理解した。
『それがあなたに取り憑いたものですか』
「まあ、うん。そんな感じだと思う」
自分でも完全に姿を捉えたわけではなかったので、いまひとつ確証が持てていない。
だが、それより今はひきこさんについて気になる。
「数年前に流行った噂と変わったところはなかった?」
『はい。確認したところ、出現条件に変化はありませんでした』
「分かった、ありがとう」
それはつまり、雨の日まで彼女には会えないということになる。
「もうすぐ仕事だし、少し出てくるよ。君はこの部屋にいて。ついでにちょっと情報を集めてくる」
『…俺が気味悪くないのか?』
「ただ、怪我が痛そうだとしか思わなかった。その包帯、巻き直した方がよさそうだから…触ってもいい?」
『構わん、好きにしろ』
「ありがとう」
彼にとってはこの包帯そのものに意味があるのだろう。
着ている服からして今より前の時代から生きているはずだ。
それを考えると、この包帯は新しすぎる。
「多分これで解けないと思う」
『…昔』
「ん?」
『昔、夕が巻いてくれたものなのだ。それ故、これを捨てようとは思えなかった』
「…そうか。大切なものなんだな」
並べられた不器用な言葉だけで、まだ名前すら知らない妖の気持ちを少しだけ理解できたような気がした。
「それじゃあいってくる。部屋は荒らさないでもらえるとありがたいかな」
『…大人しくするのは苦ではない』
昨日は先輩たちにも迷惑をかけたはずだ。
早く解決したいところではあるが、今夜はもう時間が遅い。
それに、こんなに晴れていては彼女は現れないだろう。
『八尋、ひとついいですか?』
「俺に答えられることなら」
『…最近、こういうパターンが増加している原因に心当たりがあるのではありませんか?』
「無いわけじゃないけど、もう少し待ってほしい。誰にでも話せることじゃないんだ」
『あなたはすぐ独りで抱えるので心配です』
「…ごめん」
本屋に向かいながら、瑠璃が肩の上で不服そうにしている。
ただ、やはりあの白フードの男については話せない。
「こんばんは」
「八尋君、大丈夫?」
「はい。昨日はすみませんでした」
カフェに行くのがいいか、それともこのまま仕事をしていれば噂が入ってくるか…。
「そういえば、最近なんか新しい都市伝説流行ってない?」
「そうそう、ひきこさん!懐かしいよね…」
「なんだっけ?雨の日に襲われて行方不明になるみたいなやつだよね?」
「でも、今回のはちょっと違うらしいよ。傘をさしてるのは相変わらずみたいだけど、襲ってくるのは女性なんだって!しかも、顔を確認できた人は誰もいないらしいよ。
前のときは引きずられた影響で血だらけで体中裂けてたって話だったはずなんだけどね」
「そうなんだ…念の為気をつけよう」
…噂好きのお客さんが多いのは本当に助かる。
瑠璃が外で待ってくれているのを確認してから、掃除をしつつ密かにメモをとった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
YouTuber犬『みたらし』の日常
雪月風花
児童書・童話
オレの名前は『みたらし』。
二歳の柴犬だ。
飼い主のパパさんは、YouTubeで一発当てることを夢見て、先月仕事を辞めた。
まぁいい。
オレには関係ない。
エサさえ貰えればそれでいい。
これは、そんなオレの話だ。
本作は、他小説投稿サイト『小説家になろう』『カクヨム』さんでも投稿している、いわゆる多重投稿作品となっております。
無断転載作品ではありませんので、ご注意ください。
透明な僕たちが色づいていく
川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する
空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。
家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。
そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」
苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。
ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。
二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。
誰かになりたくて、なれなかった。
透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。
表紙イラスト aki様
ブラック企業を辞めたら悪の組織の癒やし係になりました~命の危機も感じるけど私は元気にやっています!!~
琴葉悠
キャラ文芸
ブラック企業で働いてた美咲という女性はついにブラック企業で働き続けることに限界を感じキレて辞職届けをだす。
辞職し、やけ酒をあおっているところにたまに見かける美丈夫が声をかけ、自分の働いている会社にこないかと言われる。
提示された待遇が良かった為、了承し、そのまま眠ってしまう。
そして目覚めて発覚する、その会社は会社ではなく、悪の組織だったことに──
ハピネスカット-葵-
えんびあゆ
キャラ文芸
美容室「ハピネスカット」を舞台に、人々を幸せにするためのカットを得意とする美容師・藤井葵が、訪れるお客様の髪を切りながら心に寄り添い、悩みを解消し新しい一歩を踏み出す手助けをしていく物語。
お客様の個性を大切にしたカットは単なる外見の変化にとどまらず、心の内側にも変化をもたらします。
人生の分岐点に立つ若者、再出発を誓う大人、悩める親子...多様な人々の物語が、葵の手を通じてつながっていく群像劇。
時に笑い、たまに泣いて、稀に怒ったり。
髪を切るその瞬間に、人が持つ新しい自分への期待や勇気を紡ぐ心温まるハートフルストーリー。
喪失~失われた現実~
星 陽月
ホラー
あらすじ
ある日、滝沢の務める会社に桐生という男が訪ねてきた。男は都立江東病院の医師だという。
都立江東病院は滝沢のかかりつけの病院であったが、桐生という名の医師に聞き覚えがなかった。
怪訝な面持ちで、男の待つ会議室に滝沢は向かった。
「それで、ご用件はなんでしょう」
挨拶もそこそこに滝沢が訊くと、
「あなたを救済にきました」
男はそう言った。
その男が現れてから以降、滝沢の身に現実離れしたことが起こり始めたのだった。
さとみは、住んでいるマンションから15分ほどの商店街にあるフラワー・ショップで働いていた。
その日も、さとみはいつものように、ベランダの鉢に咲く花たちに霧吹きで水を与えていた。 花びらや葉に水玉がうかぶ。そこまでは、いつもとなにも変わらなかった。
だが、そのとき、さとみは水玉のひとつひとつが無規律に跳ね始めていくのを眼にした。水玉はそしてしだいにひとつとなっていき、自ら明滅をくり返しながらビリヤードほどの大きさになった。そして、ひと際光耀いたと思うと、音もなく消え失せたのだった。
オーナーが外出したフラワー・ショップで、陳列された店内の様々な花たちに鼻を近づけたり指先で触れたりしながら眺めた。
と、そのとき、
「花はいいですね。心が洗われる」
すぐ横合いから声がした。
さとみが顔を向けると、ひとりの男が立っていた。その男がいつ店内入ってきたのか、隣にいたことさえ、さとみは気づかなかった。
そして男は、
「都立江東病院の医師で、桐生と申します」
そう名乗ったのだった。
滝沢とさとみ。まったく面識のないふたり。そのふたりの周りで、現実とは思えない恐ろしい出来事が起きていく。そして、ふたりは出会う。そのふたりの前に現れた桐生とは、いったい何者なのだろうか……。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
想妖匣-ソウヨウハコ-
桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。
そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。
「貴方の匣、開けてみませんか?」
匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。
「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」
※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております
黄龍国仙星譚 ~仙の絵師は遙かな運命に巡り逢う~
神原オホカミ【書籍発売中】
キャラ文芸
黄龍国に住む莉美は、絵師として致命的な欠陥を持っている。
それは、右手で描いた絵が生命を持って抜け出してしまうというものだ。
そんなある日、住み込み先で思いを寄せていた若旦那が、莉美に優しい理由を金儲けの道具だからだと思っていることを知る。
悔しくてがむしゃらに走っているうちに、ひょんなことから手に持っていた絵から化け物が生まれてしまい、それが街を襲ってしまう。
その化け物をたった一本の矢で倒したのは、城主のぼんくらと呼ばれる息子で――。
悩みを抱える少女×秘密をもった青年が
国をも動かしていく幻想中華風物語。
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。
〇構想執筆:2022年、改稿投稿:2024年
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる