カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
62 / 163

噂の再来

しおりを挟む
…ああ、これは夢だ。
それが直感で分かるのは、あの人が目の前にいるから。
【八尋、こっちへいらっしゃい】
その優しい声も世界中のどんなものより綺麗な姿も記憶のままで…ずっとここにいたくなる。
【あなたは本当にすごいのね】
色々なことを教えてもらって、その度に褒めてもらった。
喜んでほしかったし、笑っていてほしかったのだ。
…それが崩れ去るなんて、あの頃の俺は分かっていなかった。
【八尋、あなたは──】


…そして、いつもここで目が覚める。
あの続きが思い出せずにもやもやしていると、瑠璃が心配そうにこちらを覗きこんでいた。
「ごめん、起こした?」
『随分魘されていましたので、何かに憑かれていないか視ていました』
「そういうわけじゃないよ。心配してくれてありがとう」
蒼汰君兄弟に左眼は隠し通せたし、ふたりの絆を結ぶことができた。
…あれから怪我が悪化したり体調を崩したりしたが、それだけで充分だ。
「一応栞奈にも報告しないと」
『ですね。彼女はきっと心配しているでしょうから』
「早速今日行ってみるか」
あの場所は大通りから離れていて、人間と関われない俺からすれば丁度いい。
ただ、最近昔の夢をよく見る気がする。
それが何を意味しているのかは分からないが、あまりいいことではないのだろう。
『今日も仕事なのでしょう?その怪我でできるとは思えないのですが…』
「心配しなくても大丈夫だよ」
相変わらず怪我の治りは遅いが、これならなんとかなる。
ただ、自転車を走らせられるような天気ではなかった。
「すごい雨だし、気温もあんまり高くない。瑠璃はここで、」
『お断りします』
「分かった、ごめん」
『別に悪いことをしたわけではないのですから謝らないでください』
「…それもそうか」
ごめんと口走ってしまうのはいつもの口癖だ。
小さい頃から、ずっと謝り続けることしかできなかった。
弱い俺には、それしか術がなかったのだ。
『八尋?』
「…ごめん、なんでもない。そろそろ行こうか」
栞奈のところに立ち寄る時間はなくなってしまったが、必ず近いうちに顔を出そう。
カミキリさんの噂の方は順調に好転しているし、蒼汰君のことも知らせなければならない。
「こんばんは。今夜もよろしくお願いします」
「八尋君、その怪我…」
「これくらい平気です。いつものことなので、心配しないでください」
「…重いもの、持てないでしょ?今日の掃除当番は僕なんだ。本を出すのと代わろう」
「ありがとうございます」
心配そうにこちらを見ている中津先輩に、書庫の整理と比べて重いものを持たなくていい仕事を譲ってくれた山岸先輩。
ふたりが何かを話しているのが気になったが、一先ず自分の仕事をしよう。
道具を握った瞬間、こそこそと話しているお客さんの声が耳に届いた。
「ねえ、最近ホテルに出るらしいって話聞いた?」
「あの一時期流行ってた夜陽炎の話ね!あれってたしか、もう何年も前になくなったんじゃなかったっけ?」
…夜陽炎というのは、昔あった噂だ。
俺は彼と話をしたことがある。
深夜3時、人を陽炎のように連れていってしまうという話だったはずだ。
本人はそんなことをしていなかったのに、今度はどんな話にされてしまっているのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

砂漠の国の最恐姫 アラビアン後宮の仮寵姫と眠れぬ冷徹皇子

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
旧題:砂漠の国の最恐妃 ~ 前世の恋人に会うために、冷徹皇子の寵姫になります 【2025年1月中旬 アルファポリス文庫より書籍発売】 砂漠の国アザリムの西の端、国境近くの街バラシュで暮らすリズワナ・ハイヤート。 彼女は数百年前に生きた最恐の女戦士、アディラ・シュルバジーの生まれ変わり。 今世ではバラシュの豪商の娘として生まれたリズワナは前世の記憶も力も引き継いでいたが、全て隠してひっそりと暮らしていた。 ある夜、リズワナは愛猫ルサードの姿を探しているうちに、都からバラシュを訪れていた第一皇子アーキル・アル=ラシードの天幕に迷い込んでしまう。 運悪くアーキルと鉢合わせしてしまったリズワナは、アーキルから「ランプの魔人」であると勘違いされ、アーキルの後宮に連れて行かれることに。 そこで知ったのは、隣国からも恐れられる悪名高い冷徹皇子アーキルの、意外な姿で――? 最恐ヒロインが砂漠の後宮で大活躍。前世と今世が交差する迫力いっぱいアラビアンファンタジーです。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

龍神のつがい~京都嵐山 現世の恋奇譚~

河野美姫
キャラ文芸
天涯孤独の凜花は、職場でのいじめに悩みながらも耐え抜いていた。 しかし、ある日、大切にしていた両親との写真をボロボロにされてしまい、なにもかもが嫌になって逃げ出すように京都の嵐山に行く。 そこで聖と名乗る男性に出会う。彼は、すべての龍を統べる龍神で、凜花のことを「俺のつがいだ」と告げる。 凜花は聖が住む天界に行くことになり、龍にとって唯一無二の存在とされる〝つがい〟になることを求められるが――? 「誰かに必要とされたい……」 天涯孤独の少女 倉本凜花(20)     × 龍王院聖(年齢不詳) すべての龍を統べる者 「ようやく会えた、俺の唯一無二のつがい」 「俺と永遠の契りを交わそう」 あなたが私を求めてくれるのは、 亡くなった恋人の魂の生まれ変わりだから――? *アルファポリス* 2022/12/28~2023/1/28 ※こちらの作品はノベマ!(完結済)・エブリスタでも公開中です。

我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!

真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。 そこで目撃してしまったのだ。 婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。 よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!  長くなって来たので長編に変更しました。

ちはやぶる

八神真哉
歴史・時代
政争に敗れ、流罪となった貴族の娘、ささらが姫。 紅蓮の髪を持つ鬼の子、イダテン。 ――その出会いが運命を変える。 鬼の子、イダテンは、襲い来る軍勢から姫君を守り、隣国にたどり着けるか。 毎週金曜日、更新。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

処理中です...