カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
59 / 163

ひとしょうぶ

しおりを挟む
その日、インターネットで情報収集をした。
そうすると、蒼汰君に聞いていなかった情報が少し出てくる。
「それじゃあそろそろ行ってみようか」
『うん!」
翌日にはもう相手の場所を突き止め、すぐに足を運んだ。
『あ、お兄ちゃん!」
「そうか、やっぱりあの子なんだね」
不審者に見えないように人に話しかけに行くのがこんなに大変だとは思わなかった。
だが、俺にはこんな方法しかない。
「こんにちは。陽太君ですか?」
「あ…はい。取材とかならお断りします」
『お兄ちゃん、僕だよ!」
「今目の前に蒼汰君がいるって言ったら信じてくれる?」
「…人の心の傷を抉りに来たのか」
そう話す彼の肩は怒りで震えている。
これは話し方を間違えた、そう思ったときには遅かった。
「帰ってくれ!俺のせいで蒼汰は死んだんだ!」
『違うよ。お兄ちゃんは僕を護ろうとしてくれたでしょ?だけど、元々僕は長くなかったんだ。
もうすぐ病気で死ぬって新しいお母さんが泣いてたよ」
「…新しいお母さん?」
思わず口にした瞬間、思いきり相手の平手打ちが決まった。
「まだ訳の分からないことを言うつもりか。近寄らないでくれ」
『お兄ちゃん、やめて!」
死んだはずの人間が存在しているはずがない。
その思考はいつも接する人間だからこそのもので、視えない相手と話すなんてやっぱり俺には向いてないと悟る。
だが、こんなに必死で訴えている人がいるなら放っておくわけには行かない。
「…蒼汰君とは公園でゲームをする予定だったんですよね?」
「誰から聞いたんだ」
「本人です。それを証明する為に、俺と今から勝負してください」
「くだらない。そんなことをしたところで何になる?」
「俺が勝ったら話を聞いてください」
「…面倒くさ」
『お兄さん、ドットアンドボックスって知ってる?」
「名前と軽いルールくらいなら」
「さっきから誰と話してるんだ」
「今ここに蒼汰君がいると言ったでしょう?」
目の前の青年は鼻で笑った。
いつものことながら、何故人間というのは視えない世界を否定するんだろう。
「俺は蒼汰君のアドバイスを聞きながらやります。だから、ドットアンドボックスで勝負してください」
「…分かった」
余程自信があるのか、自分なら負けることはないと思っているのか。
或いは、嘘つきの鼻をへし折ってやろうくらいに思っているのかもしれない。
「ルールは、」
「いりません。ここで説明を受けたら、蒼汰君がいると証明できなくなる気がするので」
『お兄さん…」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。俺は簡単に負けたりしないから」
できるだけ笑いかけたつもりだったが、逆に心配させてしまったようだ。
蒼汰君の頭を撫で、すぐに目の前の人間の背後に回る。
「…そっちの店でやりましょう。車椅子でこの場所に長居するのは体に障ります」
「いきなり俺を労ってるつもりなのか」
「ここだと冷えます。俺も怪我だらけなので、あの場所なら傷に障らないでしょう」
相手に気を遣わせてしまっては意味がない。
心を閉ざしているような相手の瞳に怯みそうになりながら、なんとか店に入ることができた。
「先攻後攻好きな方を選んでください」
「…負けたら二度と近づかないでもらう」
太陽が雲に隠れてしまった午後、こうして絶対に負けられない勝負がはじまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

今日も幼馴染みの幸せを願う

アズやっこ
恋愛
これは私の幼馴染みの話。 笑顔の似合う女の子、君の幸せをいつまでも願っているよ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 男性目線のお話です。

美緒と狐とあやかし語り〜あなたのお悩み、解決します!〜

星名柚花
キャラ文芸
夏祭りの夜、あやかしの里に迷い込んだ美緒を助けてくれたのは、小さな子狐だった。 「いつかきっとまた会おうね」 約束は果たされることなく月日は過ぎ、高校生になった美緒のもとに現れたのは子狐の兄・朝陽。 実は子狐は一年前に亡くなっていた。 朝陽は弟が果たせなかった望みを叶えるために、人の世界で暮らすあやかしの手助けをしたいのだという。 美緒は朝陽に協力を申し出、あやかしたちと関わり合っていくことになり…?

喪失~失われた現実~

星 陽月
ホラー
 あらすじ  ある日、滝沢の務める会社に桐生という男が訪ねてきた。男は都立江東病院の医師だという。  都立江東病院は滝沢のかかりつけの病院であったが、桐生という名の医師に聞き覚えがなかった。  怪訝な面持ちで、男の待つ会議室に滝沢は向かった。 「それで、ご用件はなんでしょう」  挨拶もそこそこに滝沢が訊くと、 「あなたを救済にきました」  男はそう言った。  その男が現れてから以降、滝沢の身に現実離れしたことが起こり始めたのだった。  さとみは、住んでいるマンションから15分ほどの商店街にあるフラワー・ショップで働いていた。  その日も、さとみはいつものように、ベランダの鉢に咲く花たちに霧吹きで水を与えていた。 花びらや葉に水玉がうかぶ。そこまでは、いつもとなにも変わらなかった。  だが、そのとき、さとみは水玉のひとつひとつが無規律に跳ね始めていくのを眼にした。水玉はそしてしだいにひとつとなっていき、自ら明滅をくり返しながらビリヤードほどの大きさになった。そして、ひと際光耀いたと思うと、音もなく消え失せたのだった。  オーナーが外出したフラワー・ショップで、陳列された店内の様々な花たちに鼻を近づけたり指先で触れたりしながら眺めた。  と、そのとき、 「花はいいですね。心が洗われる」  すぐ横合いから声がした。  さとみが顔を向けると、ひとりの男が立っていた。その男がいつ店内入ってきたのか、隣にいたことさえ、さとみは気づかなかった。  そして男は、 「都立江東病院の医師で、桐生と申します」  そう名乗ったのだった。  滝沢とさとみ。まったく面識のないふたり。そのふたりの周りで、現実とは思えない恐ろしい出来事が起きていく。そして、ふたりは出会う。そのふたりの前に現れた桐生とは、いったい何者なのだろうか……。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...