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スノードーム
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宵は少し戸惑う様子を見せたものの、ゆっくり話してくれた。
『いきなり術者に攻撃されたのは間違いない。ただ、攻撃を受けた後は明が暴走しそうになるのを阻止するのにせいいっぱいで…』
「そうか。辛いのに話してくれてありがとう。それから、嫌なことを思い出させてごめん」
俺には頭を下げることしかできない。
だが、どうしてももうひとつ知りたいことがある。
「その相手は、真っ白なコートみたいなものを着てなかった?」
『…着てた。そういえば、化け物なんて消えろとか滅べとか話していたような気がする』
「…分かった、ありがとう」
疑念は確信に変わり、思い出したくもない過去が頭の中を駆け巡る。
『八尋?』
「ああ、ごめん。なんでもないんだ。雪の…明の様子はどうかな?」
『今起きましたよ。記憶の方もばっちりです』
「それはよかった」
まずは宵とふたりで話をしてほしくて、彼に部屋に向かうよう促す。
『僕、上手く話せるかどうか…』
「大丈夫。もし困ったらすぐ呼んで。俺も話すの下手だから、あんまり力になれないかもしれないけど…多分、いないよりましだから」
『ありがとう』
恐らくこれが、彼らと過ごす最後の時間になる。
きっと旅を続けるだろうし、その選択を尊重したい。ただ、今回もまたお守りに助けてもらった。
俺独りではどうにもならなかっただろうと思うと、あまりの非力さに悔しさがこみあげてくる。
『八尋、ひとつよろしいですか?』
「どうかした?」
『…何故、祓い屋についてあんなに詳しく訊いたんです?』
「ああ、それは…」
答えようとした瞬間、どたばたと足音が聞こえてくる。
勢いよく抱きついてきたバケツをかぶった少女…明は本当に元気になったらしかった。
『あの、お兄さん。私…』
「宵のこと、思い出せたんだろう?だったら、俺はそれでいい。君は誰のことと傷つけなかったわけだし、本当に偉かったね」
『ありがとうございます!』
『八尋、僕からもお礼を言わせて。…本当にありがとう』
「俺は大したことはしてないよ。旅を続けるなら、おかしな祓い屋に狙われないように気をつけてね」
顔をあげた瞬間、前髪が動きそうになって咄嗟に左眼ごと押さえる。
ありがとうと言葉が耳に届いたものの、部屋にはもうばけつと雪しか残っていなかった。
『…行ってしまいましたね』
「律儀な子たちだったね。これから少し病院に行ってくる。…実は結構な怪我だったんだな、これ」
『あなたは自分に無頓着すぎます』
「そうかな?」
なんとか誤魔化せて本当によかったと思う。
ただ、もしあいつらが動いているなら探らないといけない。
ふたりがいた事実とあの人がいた事実、そして、あいつらがいたであろう事実…それは全部、俺の心に閉じ籠めておこう。
誰も知らなくていい、誰も傷つけさせない…あの人のような目には遭わせない。
窓ガラスにはあの人が褒めてくれた翡翠色の左眼がうつっていて、なんだか独りだけ誰もいない世界に閉じ籠められているようだった。
『いきなり術者に攻撃されたのは間違いない。ただ、攻撃を受けた後は明が暴走しそうになるのを阻止するのにせいいっぱいで…』
「そうか。辛いのに話してくれてありがとう。それから、嫌なことを思い出させてごめん」
俺には頭を下げることしかできない。
だが、どうしてももうひとつ知りたいことがある。
「その相手は、真っ白なコートみたいなものを着てなかった?」
『…着てた。そういえば、化け物なんて消えろとか滅べとか話していたような気がする』
「…分かった、ありがとう」
疑念は確信に変わり、思い出したくもない過去が頭の中を駆け巡る。
『八尋?』
「ああ、ごめん。なんでもないんだ。雪の…明の様子はどうかな?」
『今起きましたよ。記憶の方もばっちりです』
「それはよかった」
まずは宵とふたりで話をしてほしくて、彼に部屋に向かうよう促す。
『僕、上手く話せるかどうか…』
「大丈夫。もし困ったらすぐ呼んで。俺も話すの下手だから、あんまり力になれないかもしれないけど…多分、いないよりましだから」
『ありがとう』
恐らくこれが、彼らと過ごす最後の時間になる。
きっと旅を続けるだろうし、その選択を尊重したい。ただ、今回もまたお守りに助けてもらった。
俺独りではどうにもならなかっただろうと思うと、あまりの非力さに悔しさがこみあげてくる。
『八尋、ひとつよろしいですか?』
「どうかした?」
『…何故、祓い屋についてあんなに詳しく訊いたんです?』
「ああ、それは…」
答えようとした瞬間、どたばたと足音が聞こえてくる。
勢いよく抱きついてきたバケツをかぶった少女…明は本当に元気になったらしかった。
『あの、お兄さん。私…』
「宵のこと、思い出せたんだろう?だったら、俺はそれでいい。君は誰のことと傷つけなかったわけだし、本当に偉かったね」
『ありがとうございます!』
『八尋、僕からもお礼を言わせて。…本当にありがとう』
「俺は大したことはしてないよ。旅を続けるなら、おかしな祓い屋に狙われないように気をつけてね」
顔をあげた瞬間、前髪が動きそうになって咄嗟に左眼ごと押さえる。
ありがとうと言葉が耳に届いたものの、部屋にはもうばけつと雪しか残っていなかった。
『…行ってしまいましたね』
「律儀な子たちだったね。これから少し病院に行ってくる。…実は結構な怪我だったんだな、これ」
『あなたは自分に無頓着すぎます』
「そうかな?」
なんとか誤魔化せて本当によかったと思う。
ただ、もしあいつらが動いているなら探らないといけない。
ふたりがいた事実とあの人がいた事実、そして、あいつらがいたであろう事実…それは全部、俺の心に閉じ籠めておこう。
誰も知らなくていい、誰も傷つけさせない…あの人のような目には遭わせない。
窓ガラスにはあの人が褒めてくれた翡翠色の左眼がうつっていて、なんだか独りだけ誰もいない世界に閉じ籠められているようだった。
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