カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
44 / 163

保護者

しおりを挟む
「…これでよし」
その少女はシャワーの使い方が分かっていなかった。
びしょびしょになりながらなんとか体を洗わせてもらって、痛々しい傷の手当てをする。
「ごめん。俺はあんまり手当てが上手い方じゃないんだ」
「…いえ。お風呂にも入らせてもらって、お菓子まで用意してもらって…それだけで充分です」
彼女は行儀よく食べているが、それなら何故浴室の使い方が分からなかったのだろう。
「えっと…名前を聞いてもいいかな?」
「…シェリ、です」
「愛される者か、いい名前だね」
「知ってるん、ですか?」
「フランス語だよね?少しだけなら分かるよ」
なんとなく海外の本を読んでみたくなって、独学で単語を勉強していたことがある。
今でも紙の辞書は現在で、時々意味を調べる程度には使っていた。
海外に住んでいたのなら、お風呂の入り方が分からなくても不思議ではないのかもしれない。
「あ、あの、」
「そっか、家の人に連絡した方がいいかな?もう夜遅いし…」
「…怪我のことは、訊かないんですか?」
「聞いてほしくないって顔をしているから、つっこんじゃないけないんだろうなって思って…そうだ、シェリは携帯電話って持ってる?」
「は、はい。一応は…」
「それなら、連絡先を交換しておこう」
「いいん、ですか?」
「勿論。俺は八尋っていうんだ。困ったときや何か話したいことがあるときはいつでも連絡してね。
夜は仕事で出られないこともあるかもしれないけど…」
それから小さめの携帯電話を借りて、電話番号を交換する。
先日の梨里ちゃんと駿君のようなことにはさせたくない。
洋服は綺麗だし、ご飯をもらえていないわけでもなさそうではある。
…だからこそ、彼女もそうだとは限らないが怪我をしている子をこんな夜中に歩かせるのは危険だ。
「…連絡、しました」
「よかった、それなら…」
「あ、あの…目、綺麗ですね」
そう言われて、左眼を隠すのをすっかり忘れていたことに気づく。
だが、彼女は確かに綺麗だと小さな声で言ってくれた。
「…ありがとう。気味悪がられることが多いから、できるだけ人には見せないようにしているんだ」
「綺麗、なのに…鳥さんも、綺麗ですね」
「え…?シェリはこの子が視えるの?」
「…?はい、どっちの翼も綺麗です」
ただ視える子なのか、それとも人間じゃなかったのか。
見分けがつかない俺ではどうしようもない。
そうこうしているうちに、インターホンが鳴った。
ドアを開けてみると、そこには誰かと雰囲気が似ている女性が立っている。
「ごめんなさいねえ、まさか襲われそうになっていたなんて…」
「いえ、大丈夫です」
「あの…」
「まあ、あなたが助けてくださったの。ありがとうございます。私はケイト、その子の保護者のようなものよ」
「いえ。ただ、まだ小さいのにこんな夜中にひとりで歩かせるのは危ないと思います」
なんとか乾燥させるまで間に合った洋服を袋に入れて渡すと、彼女は何故か驚いていた。
「助けていただいたうえに洋服まで借りたの?…怪我は悪化しなかった?」
「私は、大丈夫です」
「念のため、帰ったら検査しておきましょう。…ありがとう、この子はあなたに助けられて幸運だったわ。
それから…あなたの言葉、肝に銘じておくわ」
どうやら悪い人ではなかったらしい。
一礼して去っていくふたりを見ながら、ひとつ疑問が残った。
シェリが連絡したからここにきた…そう、連絡しかしていないはず…たったそれだけのことで、どうして位置まで把握できたんだ?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

合言葉(あいことば)は愛の言葉

転生新語
キャラ文芸
 高校一年生の私は、学校の制服姿で囚われていた。誘拐犯と室内にいて、そこに憧れの先輩である、倉餅万里愛(くらもち まりあ)さまが入室してきた……  カクヨムに投稿しています→https://kakuyomu.jp/works/16818093092917531016  また小説家になろうにも投稿しました→https://ncode.syosetu.com/n6577ka/

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

待つノ木カフェで心と顔にスマイルを

佐々森りろ
キャラ文芸
 祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」  昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。  叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。  すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。  しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……  マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。  しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!  人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-

橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。 心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。 pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。 「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。

処理中です...